『 観音と賀茂の神に助けられた僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 36 ) 』
今は昔、
醍醐寺に蓮秀(レンシュウ・伝不詳)という僧がいた。
妻子を持ってはいたが、長年熱心に観音にお仕えし、毎日、観音品(カンノンボン・観音経)百巻を読み奉っていた。また、賀茂神社にも参拝していた。
さて、この蓮秀が重い病にかかり、大変苦しんだが、数日を経て、遂に死んでしまった。
その後、一夜を経て活(ヨミガエ)った。そして、家族に語った。
「私は死んでから、長い間険しい峰を越えて、遙かに遠い道を歩いていた。人跡絶えて鳥の声さえしなかった。ただ、極めて怖ろしげな姿の鬼神だけがいた。その深い山を越え終ると、大きな河があった。幅が広くて深く大変怖ろしげである。その河のこちらの岸に一人の媼(オウナ・老婆)がいた。その姿は鬼のようである。大変怖ろしい。一つの大[ 欠字。「樹の下」らしい。]に座っていた。[ 欠字。「樹の枝には多くの」らしい。]衣を掛けている。
そして、この媼の鬼[ 欠字。「が私を見て」といった言葉らしい。]『[ 欠字。「よく聞け。ここは三途の」らしい。]河である。我は三途の河の媼(奪衣婆)である。お前はすぐに衣を脱いで、我に与えてから河を渡るがよい』と言った。
そこで、私は衣を脱いで、媼に与えようとした時、突然四人の天童がやって来て、私が媼に与えようとしていた衣を奪い取って、媼に言った。『蓮秀は、法華の信者である。観音が加護し給う人である。汝、媼の鬼よ、どうして蓮秀の衣を奪うことなど出来ようか』と言った。すると、媼の鬼は、掌を合わせて私を拝み、衣を奪わなかった。
そして、天童は私に向かって、『汝はここがどこだか知っているのか。ここは冥途なのだ。悪業の人が来る所である。汝は、速やかに本の国に返り、よく法華経を読誦し、ますます観音を念じ奉り、生死(ショウジ)の苦しみを離れて、浄土に生れることを願うべし』と教えて、私を連れて返ろうとしたが、その途中で、また二人の天童がやって来て、私に向かって、『我等は賀茂明神が、蓮秀が冥途に行くのを御覧になって、連れ戻させるために差し向けられた者である』と言うのを聞いたところで、活ったのだ」と。
その後、病はたちまち快癒して、飲食ももとのように出来るようになった。また、起居振る舞いも軽やかで前と変わらなくなった。
その後は、ますます法華経を読誦して、観音にお仕えし、また、賀茂神社にも参拝を続けた。
神に在(マシマ)すといえども、賀茂神社の神は冥途のこともお助け下さるのだ、
此(カ)くなむ語り伝へたるとや。
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