雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

きみは虹を見たか   第九回

2010-11-02 10:20:20 | きみは虹を見たか
          ( 5 - 2 )

「入りますよ」
声とともに、お母さんがドアを開けました。

「どうしたの、こんなに遅くまで、二人とも・・・」
お母さんは、二人の顔を交互に見ると、自分も床に座りました。

「マーくんが・・・、マーくんが、自分のせいでお父さんが死んだって言うの・・・」
それだけ言うと、道子さんはお母さんの胸に顔をうずめて声を出して泣きだしてしまいました。
お母さんは、道子さんの背中を優しく撫でていました。

「どうしたの、マーくん。なんで、そんなことを思ったの?」
道子さんの泣き方があまりに激しいので、少し圧倒されながら正雄くんはお母さんに答えました。

「ぼくが、お父さんを怒らせたから・・・。ね、ぼくがわがまま言ったから・・・。だから、お父さんは死んでしまったんだ・・・」
お母さんは、正雄くんを抱き寄せました。片手で道子さんの背中を撫で、片手で正雄くんの肩を抱いていました。
正雄くんは、「ぼくが悪いんだ」と何度も繰り返し、道子さんは激しく泣きじゃくっていました。

そのままの時間がしばらく続きました。
道子さんが少し落ち着いた頃、お母さんは二人を離しました。
「マーくん。ねぇ、マーくん、よく聞いて。お父さんが亡くなったのは、マーくんのせいではないのよ。誰のせいでもないのよ。ねえ、分かるでしょう、あの優しいお父さんが、正雄のわがままぐらいで本気で怒ったりしないわ。正雄がお父さんのこと好きだったように、お父さんは正雄が大好きだったのよ。道子がお父さんのこと好きだったように、お父さんは道子のことが大好きだったのよ。お母さんも、お父さんのことが大好きよ・・・。誰のせいでもないのよ。誰が悪いわけでもないのよ・・・」

「でも、お父さんは死んでしまったよ。もう、帰って来ないんだよ」
正雄くんは、自分が悪いのだという気持ちを消すことが、なかなか出来ません。

「マーくんも、ミッちゃんも、お父さんが亡くなってしまって、悲しいよね。お母さんも悲しいわ・・・。お父さんだって、お父さんだって、きっと悲しいのよ。だから、悲しい時は辛抱しなくていいのよ。泣いていいのよ。辛抱しないで泣いていいのよ。少しも恥ずかしいことじゃないのよ・・・。
苦しくなったらお母さんに話して。助けてあげられなくても、一緒に泣いてあげるわ・・・。三人一緒になっても辛抱できない時は・・・、その時は、お父さんに助けてもらうわ」

「でも、お父さんは、もういないわ・・・」
道子さんが、泣き腫らした目で、お母さんにうったえました。

「そうねえ、お父さんは亡くなったものねぇ・・・。でも、お父さんはいらっしゃると思うの。亡くなったので、わたしたちと一緒に生活することは出来ないけれど、お父さんはずっと一緒だと思うの」
「でも、お父さんは帰って来ないよ」

「でも、いるのよ。ずっとわたしたちのこと、見守ってくれているのよ。そして、どうしても困った時には、きっと助けてくれるわ」
道子さんは、じっとお母さんの顔を見つめています。そして、時々頷いたりしているのですが、正雄くんには、お母さんの言うことが納得できません。

「どうして、お父さんは死んでしまったのかなあ・・・。やっぱり、ぼくのこと、嫌いになったのかなあ・・・」
「そんなこと、絶対にないわ。ねぇ、マーくん。お父さんはどうしても天国へ行かなくてはならなかったのよ」

「ぼくらだけ残して?」
「とても大切なお仕事があるのよ」

「どんな?」
「さあ、お母さんにもよく分からないわ・・・。でも、お父さんでなくては出来ない、大切な大切なお仕事が出来てしまったのよ、きっと・・・」

「ふうーん」
正雄くんと道子さんが、同時に声を出しました。納得したわけではないのですが、お母さんの言うことが本当のような気もします。

三人は、この後も長い時間話し合いました。
亡くなったお父さんのことについて、こんなに話し合うのは初めてのことでした。





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