六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

レンゲ畑から世界が見える。

2007-04-23 17:38:52 | フォトエッセイ
 タイトルからして、「またまた六はオーバーな」と思うでしょう。
 そうかも知れません。しかし、レンゲ畑を見ていて、私たちがどんな世界に住まっているかがほの見えたような気がしたのです。
 まあ、読んでみてください。

 
 
 早かった春のせいでレンゲももう終わろうとしています。
 写真は、私の家の近くの田圃です。
 手前の方にはほぼ一面にレンゲが咲いていますね。
 ところが、向こうの方はほとんどレンゲがありません。

 これって、今年ばかりではなく毎年そうなんです。

 そこでない知恵を絞って考えました。なぜなんだろう。
 私の知っている限りの情報をフラッシュバックさせて、この二つの田圃の違いを考えてみました。
 そこで、ふと、この違いが分かったのです。

 
 
 この一方は毎年、稲作が行われていて、もう一方はずいぶん前から休耕田になっているのです。
 では、どちらが休耕田でしょうか?
 実は、手前のレンゲが咲いている方が休耕田なのです。

 なぜ春先になると田圃にレンゲが咲き誇るのか、あれは決して自生ではなくて、かつては、わざわざ種をまいてレンゲを咲かせたのでした。
 レンゲが終わる頃が田起こしの時期です。かくして根粒バクテリアを一杯含んだレンゲが田へと鋤込まれ、稲の肥料となったのでした。いわゆる循環式の有機農法ですね。

 しかし昨今、化学肥料の普及と共に、こんな面倒なことはする必要がなくなりました。
 だからレンゲを植える必要がないのです。

 一方、手前の休耕田は、ほとんど鋤込まないまま放置してあるために、何代にもわたって種子が継承され、しかも、農薬による除草からも免れて自生し続けているのではないかというのが私の推理です。

 
 
 もちろん、休耕田以外にもレンゲ畑はあります。観光目当てで、わざわざ種を撒くところもあると聞いています。
 とりわけ、岐阜の県花がレンゲであってみればなおさらそうです。
 にもかかわらず、レンゲを必要としない田圃がほとんどで、それらが虚しく広がっているのです。

 どうです、私たちの住んでいる世界との繋がりが見えるでしょう?
コメント
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