ワルシャワはもちろん初めての地、しかもいままでのようにK氏の案内は期待できない。しかし、いい点もある。ポーランド国内は、インターシティなどの鉄道を除き、近郊鉄道、地下鉄、トラム、市内バスなどが70歳以上は無料なのだ。外国人も含めてだ。

無料はありがたい。間違えたら引き返せばいい。見えている近くでも疲れていたら乗ればいい。

最初に会いに行ったのはショパン。ショパン博物館である。彼はポーランドの英雄である。紙幣にもなっているし、私が帰途利用したワルシャワ空港はフレデリック・ショパン空港と名付けられれている。もちろんこれは彼がポーランドの出身だったからだが、彼が名を成し、活躍したのはフランスなどの他国においてだった。
にもかかわらず、彼自身の中にはポーランドへの愛着は強く、数ある名曲のなか、「ポロネーズ」を18曲作っている。ポロネーズとは文字通り「ポーランド風」ということである。
私自身の経験で言えば、若き頃観たアンジェ・ワイダの映画『灰とダイヤモンド』のラストで流れる「英雄ポロネーズ」がいまも忘れがたく耳に残っている。
少し迷ったが、無事到着。そこで私は今回の旅で始めて私以外の日本人と出会った。やはり単独行の若い男性で、これは頼もしい、今後のワルシャワ散策の参考になるかも知れないと密かに期待した。
ともに入場した。しかし彼は、どの展示場でもさっと目を通すのみでどんどん歩を進め、あれよあれよという間に出口付近に達してしまった。
どうやら彼は、ショパンや音楽には関心がなく、ワルシャワへ来た以上ここにはという案内に従ってやってきたのみで、まるでアリバイ作りのような行動なのだ。
これはたまらないと、「私はもう一度観ますから」と出てゆく彼と出口付近で別れ、最初の展示へと取って返す。
もう一度、各展示を見回る。経歴や楽譜、楽器などが並ぶ。ライプチヒでのバッハのオルガンは経年のため、バッハ当時のものとしてはその基体しか残っていなかったが、ショパンのそれはアップライトもグランドピアノもそのまま残っていた。ただし、パリ時代のもののようだ。

少し歩き疲れたので、試聴室に座り、専用のヘッドフォンで彼の曲を聴く。当代一流の塩素者によるそれは、私が日常用いているヘッドフォンよりも遥かに高性能のものを通じ、耳に心地よい。



その後、最上階にある彼がしばらくともに暮らしたジョルジュ・サンドのエッチングなど眺めて、この館とおさらばした。先の男性と行動をともにしなくてよかった。

