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『夜と霧』再読と村田諒太選手へのお詫び

2020-12-30 02:33:35 | 書評

 必要があって、60年ほど前に読んだヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を再読した。
 この書は、ナチス収容所が凄惨な死体生産工場であるとともに、生きている人間をも徹底して心身ともに破壊する場所であることを知らしめた初期の記録である。

             

 当時私が読んだのは、霜山徳爾訳の1956年版であったが、今回のものは2002年版の池田香代子訳のものである。この間、原著者による若干の訂正や語彙の変更などはあったようだが、基本的な内容は変わっていない。

 著者のヴィクトール・E・フランクル (1905~97)は、フロイトやアドラーに師事したオーストリアの精神医学者・心理学者であったが、ユダヤ人であったがために1942年、新婚の妻と母親とともにアウシュビッツ収容所へ搬送された。
 幸い、彼はしばらくして別の収容所へ移送され、そこでの重労働などに従っていたが、そこでもまた、その過酷さに耐え切れない死者が続出するなか、ドイツ敗戦まで耐え抜き、生還することができた。妻と母はそのまま還らぬ人となっていた。

           

 この書は、そうした精神医学者の眼差しをも交えながら、彼が実体験した事柄の記録であるが、かいつまんでいってしまえば、収容所がいかに人間が人間たることを徹底して否定し、そのかけらすら奪い取るものであるかということ、そして、にもかかわらず、その極限状況のなかで生き抜くこととは、しかも最低限の人間の尊厳を保持することとはいかにして可能か、あるいはいかに困難であるかということである。

 未読の方には一読をお勧めする。精神医学者が書いたからといって、特別に学問的な書ではないし、学術用語もほとんど出てこない。

 実はここからが私が書こうとしたことなのだが、この書に関する付帯事項などを検索していて、面白い人物に出会った。
 それは、2012年、ロンドンオリンピックのボクシングミドル級で金メダルを取り、その後、プロに転向し、現在もWBA世界ミドル級チャンピオンの村田諒太(1986年~)氏で、彼は、Facebookに、こんなコメントを残していた。

          

 『夜と霧』に出てくる、カポー(同じ収容者でありながら、見張り役など、特別な権利、立場を与えられた収容者)が時にナチス親衛隊より酷い仕打ちをしてきたという話、そのカポーを裁くことが出来るかどうか。
 フランクルの言う、石を投げるなら、同じ状況に置かれて自分が同じようなことを本当にしなかっただろうかどうかと自問してみること。人を糾弾する前に必要なことだと考えています。
 世の中にはこのカポーが溢れていることを忘れてはいけないなと、改めて思う今日この頃です。(カッコや句読点に三嶋の補充あり)

 へ~、村田選手がねぇ・・・・というのが率直な感想で、こんな書を読んでいて、しかもこの箇所に関してはとても適切なコメントだと感心した。しかし、その後、なんとなく、違和感や後ろめたさのようなものを感じてしまったのだったが、それには思い当たる節があった。

 私の評価は完全に上から目線だったのだ。率直に言って、「スポーツ選手のくせに」という既成観念、固定観念があったと思う。体育会系と文系という垣根ヘのこだわりである。これはまた、文系・理系という線引きへの硬直した反応にも関わるかも知れない。それらのボーダーを超えて思考したり、優れた業績を挙げている人を数多く知っているにもかかわらずだ。

         

 やはり私は自己批判すべきだと思う。村田氏は、「ボクサーでありながら・・・・」ではなく、あるときはリングで闘い、またあるときは『夜と霧』を読み、考え、発言する人なのだ。もちろん、書を読み、考えることを特権化することもまた、偏っているのだろうと思う。
 ただし、村田氏のように、一芸(?)に秀でながら、なおかつマルチに諸方面への関心を抱き続けることには羨望すら覚える。

 私が当初、彼の発言に上から目線で応じてしまったのも、いくぶんかのジェラシーを含んだものであったかもしれない。
 いずれにしても、自分の尊大さは恥ずべきものだろう。
 村田さん、ゴメンナサイ。

《言わずもがな》『夜と霧』の原題は、『それでも生にしかりという 心理学者、強制収容所を体験する』だが長すぎるせいか、上記になった。「それでも生にしかりという」は、ニーチェ的で、私の好きな言葉だ。フランス語では「セ・ラ・ヴィ」だろうか。


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