マイ桜ロード うちから5分の安・近・短
「ひともすなる花見といふものを、猫もしてみむとて、するなり。それの年の四月の四日余り、一日の日の未の時に、木に登る。そのよしいささかにものに書きつく」
と、いうようなわけで、私こと猫がが花見を致しておりますと、ここにおなじみの少々ぼ~っとしたオッサン、郵便ポストに投函しましたついでに「マイ桜ロード」と密かに名付けて悦に入っております桜並木へとさしかかったわけでございます。
この日は陽気もよろしかったようで、「マイ桜ロード」のわりにはそぞろ歩く人も多少あり、かのオッサン、それらの人々に会釈など致し、ときには「どうです、ここの桜きれいでしょう」と、まるでオーナー気取りで話しかけるなど、全くいい気なものでございます。
樹下、読書の図
しばらく行きましたところで、そういえば玄関に施錠し忘れたことを思い出し、「これはいかん、泥棒にでも入られたら大ごとだ」と引き返しにかかったのでございます。
これもまあ、見栄のようなものでして、前にも一度、泥棒様のご訪問があったのですが、どう調べても何も盗られていなかったそうでございます。しかも、その泥棒が捕まりまして、警察からの問い合わせがあったそうでございます。
散り始めた花びらの帽子をかぶって得意げなタンポポ
「実は、逮捕した男がお宅にも入ったことを自供したのですが、入るには入ったものの盗るものが何もなかったのでそのまま帰ったといっているのですが間違いありませんか」
と電話口で、刑事とおぼしき人間が大声でまくし立てるものですからとても恥ずかしい思いをしたそうでございます。それなのに、そんなことは忘れたのかそそくさと帰路についたのでございます。
ここにも花びらが でもまだ花筏には早いようだ
そうしてオッサンは、私がのぼっている木のところへさしかかったのでございますが、私を見つけるなり急ぎの帰宅もすっかり忘れ、早速、ケータイなどを取り出しカッシャン、カッシャンとうるさく撮り始めたのでございました。
一方、私めは、ほのかな花の香に包まれてうつらうつらしておりましたが、オッサンは「オイ、オイ」と声をかけ、目を開くよう呼ばわっている気配なのでございます。私ども猫にとりましては、寝るのが仕事のようなものですから、人間様の勝手で目を開けるわけには行きません。ましてや飼い主でもない素性の知れぬオッサンに命令されるいわれはありません。
そんなわけでしばらく無視していましたが、なおもしつっこく、放っておいたら木に登ってきそうな勢いでしたので、たまらずサービスに少しだけ薄目を開いてやりました。それでもなおうるさくつきまとうのでさしもの私も堪忍袋の緒を切らせいってやったのでございました。
「オッサン、早く帰らないと泥棒がくるんじゃぁなかったのかい」
「あ、驚いた。おまえ口がきけるのか。そうは見えないのになぁ」
「なあに、猫をかぶっていたのさ。こう見えても漱石の『猫』の直系の子孫で、『三毛猫ホームズ』とは従兄弟の間柄だ」
オッサン、ますます驚き、猫のように目を丸くするのみでした。
「そればっかりじゃない。前に泥棒に入られたとき盗られるものが何もなかったことも知ってるぞ」
「わっ、そんな恥ずかしいことまで。な、頼むから誰にもいわないでくれ」
と、急にオッサンは猫なで声に。
「わかった、わかった、わかったから早くここから立ち去ってくれよ」
「本当に人に言わないだろうな」
「しつっこいなぁ。そんなこと口が裂けてもいわないよ」
「あ、それだから信用できない」
「どうして」
「鍋島騒動の猫は口が耳まで裂けてしゃべる」
「・・・・・・」 もう、ニャンともいいません。
気をよくしてオッサンが突っ込みます。
「で、どうして猫のくせに『土佐日記』なんだ」
「ああ、冒頭のあれか。土佐といえば鰹、鰹といえば鰹節。猫に鰹節で『土佐日記』」
「・・・・・・」 今度はオッサンが黙る番です。
別アングルのマイ桜ロード
<おまけ>
猫はいさ心もしらず歳ふらばひとは加齢の香ににほひける
-------奇之つらら雪