父の所に行った。
父はお茶碗を持って自分でご飯を食べていた。
隣に座ると「森のごはん!」と言う。
そして一口食べては「森のごはん!」と言い、その顔には表情が一切無い。
「森のごはん!」
「森のごはん!」
何が森のご飯なのか分からない。
しかも半径5m円内には充分届くぐらいの音量で「森のごはん!」と言い続けている。
そして食べていることを忘れるので、「スプーンだよ」と持たせると、今度は分けの分からない「ウーダウト!」みたいなセリフを繰り返す。
「ウーダウト!」
「ウーダウト!」
この時父に認知症と言う肩書きがあってよかった、とほんとに思った。
そうでなければ、ただ頭のおかしな人である。いや、決してそれをバカにしている訳ではないが「認知症」と言う肩書きがあるがゆえ、「あぁ仕方がないのだな」と思える現在の自分がここにいるのである。
そして時々スプーンを思い出させながらもご飯が食べ終わり、「おつゆだよ」と飲ませると、「おつゆだよ!」と繰り返した。
「おつゆだよ!」
「おつゆだよ!」
ここで私はやっと言葉をオウム返しにしているのだと気がついた。
「おつゆおいしい?」と尋ねると、その言葉は「おつゆおいしい!」に変わった。
そうか!「森のごはん」はつまり「のりのごはん」
看護婦さんが「海苔のご飯ですよ」と手渡したご飯だったのだ。
そしていろいろ試してみると、必ず100%オウム返しになっている訳ではないのにも気がついた。
例えば「こんにちは」と言うと、「こんにちは」ではなく「こんにちは赤ちゃん!」とバリエーションが入ったりする。
しかし、辛い。
私の中では父は大好きで尊敬しており、男の中の男であることも間違いない。
ブログにその紹介したいエピソードはまだまだ残っているぐらいなのに、こうして「こんにちは赤ちゃん!」と連呼している父の隣に居るのが何とも辛いのである。
そう言えば思いだした。
それは最初に結婚した方の元夫。
私が聖子チャンの真似をして髪を短くしたのが不本意だったようで、しばらく「アウシュビッツ」と呼ばれていたが、その時に「アウシュビッツの拷問の一つに同じ歌を何度何度もそればかり聞かせると言うものがある」と教えてくれた。(それが本当かどうかは分からないよ。)
それに近い不快感である。
この状態は。
そして一つ同じ屋根の下でこの状態になられたら、自分までも頭がおかしくなるように思われた。
そして私は父以上に「やがては自分もこうなるのか」と言う愕然とした思い、その時のkekeよ、それから最終的にはポックリへの強い憧れ・・・毎回くどくて申し訳ないが、思っても考えてもしょうがないことをグルグル瞑想してしまう。
そこからは逃れたい、子供には迷惑掛けたくない、ましてや1人しかいないのだから・・自分に金が無いのが分かっている分、思いはより切実である。考えてもしょうがないのも分かっているのだが。
私はどうせ何かを繰り返すのであるならば「ありがとう」と父の耳元でつぶやいた。
父は「ありがとう!」と繰り返す。
「ありがとうごぜぇます!」
「ありがとうごぜぇます!」
何故かバリエーションが入ったので、「ありがとうございます」と言いなおすと「ありがとうございます!」に変わった。
英会話テープのようにそれは何度も何度も繰り返された。
あの父が今こうなのだから、あのヨダレをたらして寝ているバアさんも、そこらを浮遊しているバアさんも、皆しゃかりき元気な時代があったのだろう。
そう思うと誰もに尊敬できた。
(それだけで実際に世話できるかとなると別問題だが。)
しかし若い看護婦さんはそう思うかしら。
そう思えなかったら、さぞかしこの仕事は辛いだろう。
私は「ありがとうございます!」と繰り返す父に心の中で「また来るね」と別れを告げた。
父はお茶碗を持って自分でご飯を食べていた。
隣に座ると「森のごはん!」と言う。
そして一口食べては「森のごはん!」と言い、その顔には表情が一切無い。
「森のごはん!」
「森のごはん!」
何が森のご飯なのか分からない。
しかも半径5m円内には充分届くぐらいの音量で「森のごはん!」と言い続けている。
そして食べていることを忘れるので、「スプーンだよ」と持たせると、今度は分けの分からない「ウーダウト!」みたいなセリフを繰り返す。
「ウーダウト!」
「ウーダウト!」
この時父に認知症と言う肩書きがあってよかった、とほんとに思った。
そうでなければ、ただ頭のおかしな人である。いや、決してそれをバカにしている訳ではないが「認知症」と言う肩書きがあるがゆえ、「あぁ仕方がないのだな」と思える現在の自分がここにいるのである。
そして時々スプーンを思い出させながらもご飯が食べ終わり、「おつゆだよ」と飲ませると、「おつゆだよ!」と繰り返した。
「おつゆだよ!」
「おつゆだよ!」
ここで私はやっと言葉をオウム返しにしているのだと気がついた。
「おつゆおいしい?」と尋ねると、その言葉は「おつゆおいしい!」に変わった。
そうか!「森のごはん」はつまり「のりのごはん」
看護婦さんが「海苔のご飯ですよ」と手渡したご飯だったのだ。
そしていろいろ試してみると、必ず100%オウム返しになっている訳ではないのにも気がついた。
例えば「こんにちは」と言うと、「こんにちは」ではなく「こんにちは赤ちゃん!」とバリエーションが入ったりする。
しかし、辛い。
私の中では父は大好きで尊敬しており、男の中の男であることも間違いない。
ブログにその紹介したいエピソードはまだまだ残っているぐらいなのに、こうして「こんにちは赤ちゃん!」と連呼している父の隣に居るのが何とも辛いのである。
そう言えば思いだした。
それは最初に結婚した方の元夫。
私が聖子チャンの真似をして髪を短くしたのが不本意だったようで、しばらく「アウシュビッツ」と呼ばれていたが、その時に「アウシュビッツの拷問の一つに同じ歌を何度何度もそればかり聞かせると言うものがある」と教えてくれた。(それが本当かどうかは分からないよ。)
それに近い不快感である。
この状態は。
そして一つ同じ屋根の下でこの状態になられたら、自分までも頭がおかしくなるように思われた。
そして私は父以上に「やがては自分もこうなるのか」と言う愕然とした思い、その時のkekeよ、それから最終的にはポックリへの強い憧れ・・・毎回くどくて申し訳ないが、思っても考えてもしょうがないことをグルグル瞑想してしまう。
そこからは逃れたい、子供には迷惑掛けたくない、ましてや1人しかいないのだから・・自分に金が無いのが分かっている分、思いはより切実である。考えてもしょうがないのも分かっているのだが。
私はどうせ何かを繰り返すのであるならば「ありがとう」と父の耳元でつぶやいた。
父は「ありがとう!」と繰り返す。
「ありがとうごぜぇます!」
「ありがとうごぜぇます!」
何故かバリエーションが入ったので、「ありがとうございます」と言いなおすと「ありがとうございます!」に変わった。
英会話テープのようにそれは何度も何度も繰り返された。
あの父が今こうなのだから、あのヨダレをたらして寝ているバアさんも、そこらを浮遊しているバアさんも、皆しゃかりき元気な時代があったのだろう。
そう思うと誰もに尊敬できた。
(それだけで実際に世話できるかとなると別問題だが。)
しかし若い看護婦さんはそう思うかしら。
そう思えなかったら、さぞかしこの仕事は辛いだろう。
私は「ありがとうございます!」と繰り返す父に心の中で「また来るね」と別れを告げた。