津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

吉田盛方院

2006-01-27 13:59:10 | 歴史
 吉田盛方院といえば、松井家と深い関係にある。
康之の妹が、吉田盛方院浄勝に嫁いでいるし、康之女「いと」も又吉田盛方院浄珍(法印)に嫁している。「真源院様御代御侍名附」「真源院様御代御侍免撫帳」「寛文四年六月・御侍帳」又「御侍帳・元禄五年比カ」に吉田快庵の名があり三百石が給されている。
その快庵は「御侍帳・元禄五年比カ」に於て「盛方院弟」との但し書きがある。
又、小山田竺庵という人があって「大判五枚三十人扶持」を給されているが、この人は「盛方院門弟」と記されている。この吉田氏、小山田氏は後の「侍帳」には登場しない処を見ると、一代限りの奉公であったと思われる。盛方院はいわゆる「官医」とされる家だが、松井は姻戚関係を得、また細川は弟や弟子を召し出している。時代を遡ると、兼見卿記などにも吉田盛方院の名が時折見受けられる。単なる医者ではなかったのだろう。
大変気になる家ではある。
コメント
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