(71)
一堀部彌兵衛被申候は、津輕越中守樣江、大石無人と申候て、拙者同年七十八歳に罷成候、前廉故(浅野)采女代の勤の者にて、只今は津
輕樣へ、大石郷右衛門御側御用人相勤居申候に懸り居申候、今度一列の同志と申候故、拙者扨々無分別、御家も替り、子に懸り居候て
は、道理に叶不申と申候へは、得心仕候。御滯留中御隙の砌、御知人に御成候へ、故事共能覺居と被申候故、彌兵衛果被申候以後、本莊
に被居候由尋候て罷越、無人并子息郷右衛門、三平共在宅にて、緩々語、いろいろ馳走にて被歡候、無人被申候は、彌兵衛儀は、若き時
細川藩士
分より心懸よく、初て主取いたし、扶持方計にて馬を持居申候、御家に只今居申候哉、斎藤勘助とは、故采女所にては兒小姓傍輩にて勤
居申候、勘助親又太夫大身にて御家に罷出申候故、勘助は采女手前より暇をもらひ、親一所に參候と被申候故、扨は左樣に候や、勘助は
とく果候て、只今は孫子の代にて、無事に勤居申候と申候、無人又被申候は、今度一列の者共、刀脇差道具抔、泉岳寺より拂物に成候
由、色々才覺を以調申者有之、内蔵之助著込は、御家之御侍衆所望の樣に承候、誰殿にて御座候哉と尋被申候、いかにも存居候へとも、
自然所望なとも可被致と存、越中守屋敷も方々有之、侍共も諸方に居候、殊に大勢の事故、定て左樣之儀可有之候しかと承不申儀と申
候、泉岳寺にて拂物有之段は承候へとも、偽にて可有之候、衣類之樣成物にて可有之候哉、大小武具、寺の寶物と成り其儘召置被申候、
子孫の所望も有之節、譲り渡被申心底にて、中々拂物に成候と承り、肝をつぶし申候、拙者なとも望に存候而、殘念に存候と挨拶いたし
候、右無人は大石同名にて、瀬左衛門大伯父と承候、内蔵之助着込は、去人泉岳寺小坊主に心安有之所望被致候、それかしは未申候、随
分隱し、向方よりも聞付、所望も可有之候哉と、内々にて求被申候、助右衛門を頼候て、如望二枚調被申候、内一枚は、右忍の緒に替
へ遣申候、追て右着込を求被申仁、歌の下書を被仕、此通に何とそ内蔵之助に歌を書貰候様にと被申聞候、初者拙者心も付不申候、只今
存候へは、能こそ書せ置候と存候、是も右之仁の影と存候、右之仁は江戸定詰にて候事
(72)
一拙者肩衣に、紺の水衣有之、單にて夏中着、冬に成り古き羽織の裏に茶の形付置候を、或時着用罷出候へは、片岡源吾右衛門被申候は、
此御肩衣は、何と申ものにて候哉と、尋被申候故、水衣とか申候樣に承候、若きものともの物好にて拵候と申候へは、扨々能き御物好
き、裏の取合迄能御座候と、手にて探り譽被申候、神以それかし迷惑致候、總體衣類に不限、時々のはやり事致さぬものと、亡父被申聞
置候、三齋様御眼あしく、八代え相詰居申内、細川刑部殿と申候、後に玄伯老と申候(七男・興孝)若年の時分、江戸より下着にて、八代に被
參候節、京都より御咄伽、宗吟宗和と申者、并槙嶋雲菴半之丞祖父也も被居候、刑部殿短き羽織着御出被遊御覧、御機嫌悪く、次へ被參、
其羽織誰にそ遣候へとの御意に付、宗吟宗和申上候は、唯今かうむり道服とて、江戸御旗本衆、馬の三頭に懸らぬ樣にとて、はやり申事
に御座候と申上候へは、三齋様御拝領の羅紗の羽織を御取寄被成、刑部小袖に、兩方五歩宛長く仕立させ候様にと、御意被成候、扨江戸
にて何を仕居候哉と御尋被遊候、小畑勘兵衛軍法を承りたる由御申上候へは、御意に證據かなけれはいわれぬ事なれとも、雲庵是にて聞
候、關原之時分、勘兵衛もさして替候事もなく候、われ等馬上にて働、太刀打も、雲菴、存知之通に候、三齋子越中弟なとゝ申者か、時
々の時行とて末々の仕事無用に候、總體時行事は二十年々々には本のことく成ものにて候、ニ六時中越中軍法を習ひ、常々了簡いたし心
を付、侍共を夫々につかひ候か、軍法を不依何事、其時の下知よく廻り申ものとの御意承り候と、毎度亡父被申聞候、扨々乍憚御尤至
極、御名將樣の御詞、毛頭違不申候、拙者若き時は、無そりの刀脇差時行、拙者も反をのべ指たる事も有之候、只今本のことく反りたる
に成り申候、第一に箇樣之儀承覺居申儀、當分の御用にても、即座失念仕候はゞ、迷惑可被仰付候、箇樣之御意を傳承、それ/\に嗜候
はゝ、寔に寸志にて、冥加にかはひ可申候
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