鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

永続確信3・「感動!」と「ひきこもり」

2005年02月05日 | この教会の基本理念
 前回、 永続確信が薄いと、自価意識も溶けていく 、ということがわかりました。ではこれが濃くならない場合にはどうしたらいいか。

<でも小細工はある!>

 小細工はあります。通常人は、「自分は死んでおしまいであるという意識」(これを無常感ともいいます)に、自己の知性をまともに向き合わせないようにします。そうしながら、まあ、何とか当面の自価意識を守って生きているわけです。

 不安定な状態ですね。だけど小細工というのは、そういうものです。「死んでおしまい」という知性認識を打破できなかったら、そうするしかないのです。

 高度成長が達成された後、日本に「感動 」という言葉が叫ばれるようになって久しいですよね。あちこちでキャッチフレーズとして、これが周期的に出てくる。

 どうしてか。人は感動すると、自己存在の無常感を陶酔の中に放念することが出来るのです。そうして、「死んでおしまい」の意識から解放されて、つかの間の歓喜を得ようとするのです。

<小細工が効かない人が「ひきこもり」になる>

 でも、そういう小細工で世に処して行くことはできない人もいます。「ひきこもり 」と称されている人々がそれです。 そうなる原因は自価意識が希薄になったことにあります。

 どうしてか。詳しくは別の機会に考えたいのですが、人間、食べることへの安心感が増大すると、自分が「何のために生きているのか」「どうせ死んだらおしまいなのに」といった意識が頭をもたげてきます。

 この「死んでおしまい」という意識は、自分の存在に付与させていた価値意識を減退させます。だから、人間、経済的に豊かになると、続いてその次に「自価意識」希薄化症状が必ずやってくるのです。

 これに対処出来ないと、自価意識という風船は針で刺され放題になります。その結果、物事全てに意欲が抱けなくなります。

 すると人はなんと、小さなことでも胸に刺さって心が傷つきやすくなります。逆に、意欲が強いと大抵のことでは傷つかなくなりますが、その反対の状態になるわけです。

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 傷つかないためには、外界、他者(親、兄弟も含めて)と接触する機会をなくすしかありませんね。で、ごく自然に「ひきこもり」になります。

 日本における「ひきこもり」の数のこの膨大さは、世界でも特殊な現象だそうです。現在、日本には100万人以上いるといわれています。1990年代に入って、40万人と推定され、推定値が60万、80万、100万と上昇した。

 もう、120万人くらいいるのではないでしょうか。増大の一途。自殺者 も前述したように、年間3万2千人。これは国を滅ぼしますよ。

<正面から粉砕する正攻法>

 どうしてそうか。戦後我が国では、当然やってくる自価意識の希薄化症候群に対して、何も手を打たないで、経済の豊かさと安定だけを求めた。食の保障だけを追求した。それがもたらしたつけです。

 では、もう国は滅びに向かって進むしかないのか。そうではありません。強力にして決定的な要塞があります。それがイエスの言葉・イエスの教えなのです。

 これは、「感動活動」のような、代償的・補償的なものではありませんよ。「死んでおしまい」の意識そのものに正面から対決します。そして、粉砕してしまう のです。

 こういうと、キリスト教会に飛んでいく人も出るのではないでしょうか。でも、我が国ではおおかたは肩すかしに合います。永続確信の教えがあると思って教会に行きます。ところが、多くの場合出会えないのです。

 どうしてか。そこではほとんどの場合、「愛」「愛・・」とやっているからです。次回はそのことについて考えましょう。
コメント (3)
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