鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

Vol.59 『私がその救い主なんだよ(4章)』

2005年02月09日 | ヨハネ伝解読


 サマリアの女は、また、イエスに「わたしはキリストと呼ばれる救い主がこられることを知っています」(25節)といいます。これに対して、イエスは

 「あなたと話しているこの私がその救い主なんだよ」
         
       と宣言しています。(繰り返しますが、旧約聖書(律法)に厳格に従って生きていない女に対して、イエスがこんな宣言をするでしょうか。)

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 女は、井戸の脇に水瓶を放っておいて自分の集落に走ります。村人を呼びに行くのです。そして、出てきた村人たちはイエスに村に滞在してくれと頼みます。

 イエスは2日間滞在して教えを述べます。それによって、多くのサマリア人は教えを信じるのです。信仰深い民であったことがうかがわれます。

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 サマリヤという地域は、以前は、イスラエルの北半分とでも言うべき地域を占める王国になっていました。その王国がアッシリアに占領されてしまいます。

 アッシリア帝国は、ここのユダヤ人たちに異民族と結婚させることを強制します。その結果、帝国から解放された後には、この地域のユダヤ人は混血度が高まっていたのです。南のユダ王国のユダヤ人たちは、それ故に彼らをサマリア人と呼んで異邦人扱いしました。

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 けれども、その聖書信仰においては、彼らは純粋なままでした。その純粋さはご本家のユダヤ人以上であったと推察されます。歴史の示すところでは、理念というのは、むしろ、中心地ではなく辺境で純粋化するようです。

 キリスト教における、欧州大陸に対する英国、特にウエールスやスコットランドなどの辺境地方にそれが見られます。儒教における、本家中国に対する朝鮮民族の理念などが、そうです。

 がともあれ、サマリア人たちは旧約聖書の律法に則り生活し、預言を信じました。だから、聖書通りに救い主の到来を待ち望んでいたのです。

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