ヨハネ伝の聖句に戻りましょう。
イエスは、サマリアの村人たちの願を受け入れ、そこに2日間滞在しました。ヨハネは記していませんが、彼らの熱心な求道心に応えて、じっくりと教えを解いたことでしょう。その結果、村人たちはサマリアの女にこういうようになっています。
「私たちが信じるのは、もう、あなたが話してくれたことによるのではない。我々は自ら親しく聞いた。そして、この方こそまことの救い主であることがよくわかったのだ」(42節)と。
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この言葉から、イエスはここでは奇跡を行わなかった、ただ、教えを説き続けただろう、と春平太は推定します。サマリア人は、元々はユダヤ人であったのですが、その混血度の大なるが故に、異邦人とされてきた人々でした。
ところが、こういう人たちの方が、福音(イエスの教え)を素直に受け入れているのです。人間って、そういうものではないか、と思われます。
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ヨハネは、これに続いて、対照的な事態を記しています。2日後にサマリアを立って、イエスは、自分の故郷であるガリラヤ地方に戻ります。ここは純正ユダヤ人地域です。そのときイエスは
「預言者は自分の故郷では尊敬されないものなのだ」(44節)
と明言しています。
ガリラヤでは、みんなイエスの帰りを待っていました。けれども、それは、エルサレムの祭りでイエスが多くの奇跡をしたことを見たからなのです。
イエスがそれを見透かしていたことを、ヨハネはわかっていたのです。だから、このせりふを記録したのでしょう。
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イエスはさらに、同じ地域のカナという町に行きます。ここはかつてイエスが婚礼の祝宴に呼ばれて、水を葡萄酒に変化させたところです(第2章)。
今回、そこには、役人が待っていました。息子が病気だからなおしてもらおうと、イエスの来るのを、カペナウムから出向いて待っていたのです。
頼まれたイエスはこういいます。
「ここでは奇跡を見ないで信じるものは、誰もいないんだなぁ・・・」(48節)。
役人はかまわず言います「主よ、是非、是非カペナウムまで来てください。子供が死んでしまいます」
こうすがられると、見捨てることは出来ないのでしょう。イエスは
「行きなさい。あなたの息子は回復する」
ーーーと言います。
イエスから言葉が出ました。すると現実はそれに従う、というのが聖書の論理です。これは隠れた論理ですけれども、鉄則です。だから、まさにその時点に、カペナウムで病に伏していた息子は回復してしまうのです。
しかし、イエスはこの言葉を吐き捨てるように言ったのかも知れませんね。でも、とにかく、治っちゃった。そして、役人とその家族一同は、イエスを信じるようになった、とヨハネは記しています。癒しというものが、教えを確信させる力は、強いものなんですね。