木曜日、所用で福岡に行ってきたので、往復で読めるかと、竹内実『中国という世界―人・風土・近代』(岩波新書、2009年)を鞄に入れた。往路で半分がた読んだが、福岡で隣に居合わせたおじさんたちに何故かさんざん飲まされ、帰りの飛行機はとても読むどころではなかった。そんなわけで、さっき読み終えた。酔って飛行機に乗るのはやめましょう。
テーマは何なのだろう。家族、地形、天下と皇帝の支配形態、南北問題、上海の近代化。意余ってひたすら散漫という印象だ。読んでいて立地点もしばしば見失い、それは決して知識やテキストの快楽ではない。
とは言え、興味深い内容はそこかしこにある。
○いまだ存在する横穴式住居のことを「窰洞(ヤオトン)」と称する。縦横2-3m、奥行き5-10m。入口は木製の扉。夏は涼しく冬は暖かい。これが発展したのは、積み重なると固く崩れなくなる黄土のおかげである。形のタイプや、ずらりと扉が断崖に並んだ学生寮の写真など吃驚させられる例が示されている。
○「窰洞」は横穴だけでなく、真下に四角く掘るものもあった。中庭を囲んで四方に部屋を配置する、北京の四合院と同じ構成であった。一つの村がそっくり沈下式の「窰洞」だと、平地のあちこちから炊煙があがるのが見えたという。(安部公房はこれを知っていたのだろうか。)
○アヘン戦争後に開かされた上海の近代化は、社交ダンス、集団結婚式など<西洋>とともにあった。ドラマとしては、蒋介石やその諜報機関、汪兆銘、劉少奇、江青、張学良などが夜蠢く魑魅魍魎、百鬼夜行。
○第二次天安門事件のあと、中国から派遣されたある代表団が、ベルリンのホテルに宿泊した。市民がそれを知り、抗議のデモをはじめた。やがて抗議の目標はドイツ政府や党に向けられ、ベルリンの壁の打ちこわしが始まったのだ―――という話があった。
○中国は今後どこに向かうのか―――答えは、「歓楽に向かう」である。といっても否定的なそれではなく、旧正月、料理、芝居、賭け事、茶、庭園、信仰、生活など、すべてにおいて共有する享楽。国家を犠牲にすることも時には辞さないほどの底力を持った歓楽。後藤朝太郎という戦前の旅行ライターは、日本が中国に勝てるわけはないと公言し、「酒池肉林」を「忠君愛国」のアンチテーゼにさえした。
理屈で納得できるようなことが書かれているわけではないのだが、「歓楽に向かう」ボトムアップの力を持つ国、という見方はたいへん刺激的である。