スイス人ピアニスト、イレーネ・シュヴァイツァー。確か10年以上前に来日して法政大学などで演奏したような記憶があるが、聴きにいかず、いまだ後悔している。彼女の映像といえば、チャールズ・ゲイル、ジョン・ゾーン、ペーター・カワルド、A.R.ペンクの絵などあまりにも貴重な記録をおさめたドキュ、『Rising Tones Cross』(Ebba Jahn、FMP、1984年)において1曲のみ演奏しているのを観ただけだ。
最近、この『Irene Schweizer』(Gitta Gsell、Intakt、2006年)を観ることができた。75分間のドキュであり、これまでのシュヴァイツァーの活動や考え方が語られている。なお、映画の冒頭で、他者が「彼女はあまり海外に出向かず、日本にも行っていない」と言ったところ、即座に隣の男に「行ってるよ」と否定されていて、来日のことを思い出した次第である。
演奏の組み合わせは凄い。まずフレッド・アンダーソン(テナーサックス)、ハミッド・ドレイク(ドラムス)との初顔あわせ、ちょっと音を合わせただけでインプロヴィゼーションに突入する。アンダーソン爺がシュヴァイツァーのメロディーに対して繰り出す早いリフレーンは大丈夫かなと思わせるが、そこは問題ない。
ルイス・モホロ(ドラムス)とのセッションもある。アパルトヘイトを避けて南アフリカからスイスにやってきたモホロは、当時「ブルーノーツ」というグループの一員だった。68年のフランス5月革命を経てもいた。そしてシュヴァイツァーはそのエキサイティングな潮流の中で活動する。映像では、最近、南アフリカでのふたりの共演がおさめられている。シュヴァイツァーが、「ここでは主役はモホロ。私のピアノの位置は端っこのカーテンの隣。それでいいの」と、苦笑しているのが面白い。
ジョエル・レアンドル(ベース)、マギー・ニコルズ(ヴォイス)との女性トリオでは、内省的というレアンドルの印象が崩れる野蛮さ。そして、演奏仲間が女性であるときには、柔軟でユーモアもあり、男性の場合とはまったく違うのだと語る。
横井一江『Intakt Records ―クリエイティヴ・ミュージックの今を伝える―』(JAZZ TOKYO、2008年)(>> リンク)によれば、シュヴァイツァーは80年代スイスにおけるレズビアン運動のシンボル的存在であったようだ。それはともかく、シュヴァイツァーは、音楽と結婚したのだ、音楽にすべてのエネルギーを捧げたのだ、と、眼にうっすらと涙をためながら語ってもいる。
演奏の圧巻は、ハン・ベニンク(ドラムス)とのデュオだ。ふたりソファに並んで、お互いに60代、フリーをやってきたねとしみじみ語るシーンがあるが、その年齢を微塵も感じさせないベニンクのヴァイタルな動きには口を開けて観てしまう。来日のたびにやってくれる、スティックの1本を口に入れてのパフォーマンス。片足も使うドラミング。真剣な遊びはICPの精神そのものだ。
なお、ボーナスとして、アンダーソン、ドレイクとのトリオ演奏、ベニンクとのデュオ演奏も収録されている。最近の記録なので映像が抜群によく、新宿ピットインの真ん前で観ている気分になる(実際には欧州での演奏)。ここでのシュヴァイツァーの演奏も、レンジが広く、早くて重く、素晴らしいと思う。ベニンクとの演奏中、セロニアス・モンクの「Monk's Dream」に移行するところなどはひとつの大きな盛り上がりだ。聴く方はもちろん嬉しくて笑ってしまう。
●参照
○ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(浅川マキとの共演)
○「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(モホロ来日!)
○フレッド・アンダーソンの映像『TIMELESS』
○『A POWER STRONGER THAN ITSELF』を読む