上海の書店でいろいろ物色していると、上海錦綉文章出版社が「中国人的生活系列」というシリーズとして出した3冊の写真集を見つけた。以前に、素晴らしい「紙上記録片系列」シリーズの6冊の写真集を出していた出版社であり、今回は版形が大きくなり厚さも増しているにも関わらず、値段は同じ32元(400円程度)である。紙質はやはり雑誌のようなものだが、不思議と印刷が良く、白黒のトーンが出ている。
■ 劉博智『南国細節』
9割以上が白黒であり、そのほとんどが広州で70年代末から80年代初頭に撮られている。家庭の壁や生活用具をじっと見つめている。記念写真、周恩来や毛沢東のポスター、神様の置物、机上のペンや手紙、食器棚、水筒、甕、梯子。次々に観ていると、家庭の中に腰掛けて淡々としている心地になってくる。
スクエアフォーマットの作品が多いが、何かの二眼レフによるものだろうか。この写真家は香港生まれ、若い頃に米国に渡って写真を学び、現在も米国の大学で教えている。従って、おそらくは、中国でも数多く作られた二眼レフではなく、ローライか日本製の何かだろう。視線も、異邦人のそれだということになる。確かに、ディテールをフィルムと印画紙に一様に落とし込むやり方は、懐かしさからきたものではないように思える。また、後年のパノラマ写真(首振り式の)さえも視線はまったく広角的ではなく、凝視型なのが印象に残る。ドライで静かにあたたかく、良い写真集である。
■ 蕭雲集『温州的活路 温州30年変革的影像記録』
温州は上海の少し南、浙江省の都市である。80年代から現在までの温州を見つめた作品群であり、白黒もカラーもあり、フォーマットはまちまち、つまり上の『南国細節』とは異なり、ずっと生活と並行して撮り続けたものだということになる。実際に写真家は浙江省の写真協会に属している。
水辺の町のスナップが中心で、働く人、遊ぶ人、勉強する子ども、祭など、本当に多彩だ。写真を撮るという一瞬の勝負の結果だから、絶妙なものがたくさんあって嬉しい。スナップは写真家の身振りそのもの、個性がもろに出るものなのだ。自分もこんな写真を撮りたいと思わせてくれる。
■ 呉正中『家在青島』
青島は山東半島に位置する。若い写真家のようで、90年代以降の活動の記録だ。最近のファッションや広告を見つめたカラー作品と、90年代に町の風景や人びとを生活者の眼で見つめた白黒作品との2つのセンスが同居しているのが面白い。
注目すべきなのは、広角レンズの使い方の巧さだろうと思った。分岐する道や階段など別風景を左右に配し、あるいは手前の石畳と遠景とを巧く配し、またあるいはすぐ前の人に接近しつつ視野をそらすなど、視線が彷徨う。これが快感となるセンスの良さである。
他の写真家にも共通することだが、白黒作品で、覆い隠しと焼き込みが過剰で目立っている。決して稚拙ではないのだが、人物の周囲を焼き込みすぎる結果、不自然にトーンが変わり、その人がオーラをまとっているようにさえ見えてしまう。これはこれで、絵画的といえなくもない。
紙質を抑えてでも、こんな個性的な写真集を廉価で出しているのだから、この出版社には今後も注目なのだ。もっとも、日本で求めようとすると、1冊あたり、運送費とマージンとで3冊を足して2倍するくらいの売価になっているようだ。どこか価格を抑えて流通させることができれば、日本のシリアス・フォトグラフィーの受容も変わってくるのではないかと思うがどうだろうか。
●中国の写真集
○陸元敏『上海人』、王福春『火車上的中国人』、陳綿『茶舗』
○張祖道『江村紀事』、路濘『尋常』、解海?『希望』、姜健『档案的肖像』