ヘンリー・スレッギルの最近の作品は「ズォイド」(Zooid)名義ばかりだが、「メイク・ア・ムーヴ」も90年代半ばからの比較的新しいグループである。アルバムとしては2枚が発表されている。『Where's Your Cup?』(Columbia、1996年録音)と『Everybodys Mouth's a Book(邦題:口承)』(Pi Recordings、2001年録音)である。
セクステット、ヴェリー・ヴェリー・サーカス、ズォイドという、分厚い低音アンサンブルの流れにはない。ギター、ベース、ドラムス、そしてハーモニウム・アコーディオンまたはマリンバ・ヴァイヴというシンプルな編成である。
『Where's Your Cup?』は、コロンビアというメジャー・レーベルから出した最終作だった。この後、ブランフォード・マルサリスがレーベルのコンサルタントとなり、デイヴィッド・S・ウェアと契約したことも影響して、このレーベルとの関係は断ち切られた、そんな噂があった。真偽のほどはわからない。本作が傑作であるだけに、勿体なかったことは確かだ。
スレッギルはアルトサックスとフルートを吹く。ブランドン・ロス(ギター)、ツトム・タケイシ(ベース)、トニー・セドラス(アコーディオン、ハーモニウム)、J.T.ルイス(ドラムス)というメンバーで、本作を特徴付けているのはセドラスの参加だ。スレッギルはセドラスにより沿って、1曲目の「100 Year Old Game」から愚直と思えるほどゆっくりと哀しいメロディーを奏でる。勿論セドラスだけでなく、ブランドン・ロスの個性的なギターとの交感も素晴らしい。野性的なドラムスを入れるのはスレッギルの趣味なのか、5人の打ち出す個性と相互作用が際立っている。
また、「Where's Your Cup?」では、コードから微妙に外れたフルートを吹き、聴くたびに驚かせてくれる。「The Flew」では、『Makin' a Move』(Columbia、1995年)の2曲目「Like It Feels」と同様、他のメンバーたちに曲の世界を展開させた後でおもむろに登場し、その世界を凝縮した形で再提示するようなアルトソロを聴かせる。
一方、5年後の『Everybodys Mouth's a Book』では、ドラムスが交代する他に、セドラスが退き、マリンバ・ヴァイヴのブライアン・キャロットが加わっている。これが作品の質を大きく変えてしまっていると感じざるを得ない。高度なコード化によって、音楽は重力を逃れ、宇宙空間を浮遊するものとなってしまっているのだ。逆にいえば、ハーモニウムやアコーディオンが重力に縛り付け、その結果、化学変化が起きていたのだと言うこともできる。『Everybodys Mouth's a Book』は、何度聴いても、いまひとつ印象が定まらない。
『Where's Your Cup?』と同じ1996年に、同じグループでウンブリア・ジャズ祭で演奏した映像を持っている。ここでも重力の楔=セドラスという雰囲気を楽しむことができる。(ハーモニウムはヌスラッテ・ファテ・アリ・ハーンのイメージが強いが、何とも妙な楽器だ。)
まだメイク・ア・ムーヴ結成の前、『JAZZIZ』誌(1994年3月)がスレッギル特集を組んでいる。ここで興味深いことに、ロスが以下のような発言を行っている。「ある時期に、ヘンリーは私たちに制約を課しはじめた。私は演奏に向かう方法すべてを変えなければならなかった。フィンガー・スタイルはクラシックギターやフラメンコギターに近いものだった。」
96年の映像でも、面白いことに、ロスは終始楽譜をにらんでギターを弾き続けているのである。しかし、緻密とは言え、ロスのソロは蛍光ペンのようでユニークで素晴らしい。そしてJ.T.ルイスもツトム・タケイシも対照的に奔放であり、指示を出しつつ吹くスレッギルは汗だくだ。この編成でそうなのだから、ヴェリー・ヴェリー・サーカスやズォイドではどのような雰囲気か、とても興味がある。
●参照
○ヘンリー・スレッギル(1) 『Makin' A Move』
○ヘンリー・スレッギル(2) エアー
○ヘンリー・スレッギル(3) デビュー、エイブラムス
○ヘンリー・スレッギル(4) チコ・フリーマンと
○ヘンリー・スレッギル(5) サーカス音楽の躁と鬱
○ヘンリー・スレッギル(6) 純化の行き止まり?
○ヘンリー・スレッギル(7) ズォイドの新作と、X-75
○ヘンリー・スレッギル(8) ラップ/ヴォイス
○ヘンリー・スレッギル(9) 1978年のエアー