Sightsong

自縄自縛日記

ジョセフ・クーデルカ『プラハ1968』

2011-06-19 09:57:28 | ヨーロッパ

東京都写真美術館で、ジョセフ・クーデルカ『プラハ1968』を観た。

チェコスロヴァキアでの「人間の顔をした社会主義」、ドゥプチェク体制のいわゆる「プラハの春」。1968年夏、それを否とするブレジネフ体制のソ連率いるワルシャワ条約機構軍がプラハに侵攻する。ジョセフ・クーデルカ(ヨゼフ・コウデルカ)は当時30歳前後、おそらくは東ドイツの一眼レフカメラ、エキザクタを持って、この国家犯罪を記録した。

ずいぶん広角のレンズも使われており、これが、友人の評論家にベルリンで買ってきてもらったという、やはり東ドイツのカール・ツァイス・イエナ製のフレクトゴン25mmなのだろうか(本人はフレクトゴン35mmが欲しかったのだという)。なお、現在ではゼブラ模様の旧タイプ、モダンデザインの新タイプともに、フレクトゴンの20mmや35mmは比較的入手しやすいが、25mmを見ることは稀である。私もロンドンの中古カメラ店に在庫があることを確認して駆けつけたが、もう売れたあとだった(昨年再訪したところ、その店はどこかに移転していた)。

写真群の緊迫感は凄まじく、観る者に刺すように迫る。一眼レフでピントを合わせる間もなかったであろう写真、市民と一緒に走りながら撮ったためかブレブレの写真、そして市民と一緒にソ連の戦車に登って(!)撮ったらしき写真。市民たちは不安な表情を浮かべたり、茫然としていたり、それでも、毅然として戦車や軍人に迫っている。戦車には、そのほとんどはチェコ語で書かれていて読めないのだが、「ロシアンは家に帰れ」、「ファッショ」、といった落書きがされ、ナチの逆鉤十字のマークもあちこちに書きつけられている(反対のまんじになっているものもあるのは愛嬌だ)。曖昧に支配され、曖昧に生きているいまの日本の私たちに、これができるだろうか。その意味で、極めて現代的な作品群である。

街に繰り出して座り込んだり、抵抗したりする市民は、恐怖と緊張の表情を浮かべているばかりではない。笑顔もある。これが人間だ。しかし、これらを捉えたクーデルカの名前は、自身と家族に危害が及ぶために、しばらく公表されることはなかった。写真展には、「P.P」、すなわちプラハの写真家と記された写真プリントの裏側も展示されている。

>> 『Invasion 68』の写真群(Magnumのサイト)

夜の約束まで時間があって、4階の図書館を覗いた。目当ては、1997-98年に写真美術館で開かれた『ユリシーズの瞳 テオ・アンゲロプロスとジョセフ・クーデルカ』の図録である。映画もテレビも見ないというクーデルカだが、テオ・アンゲロプロス『ユリシーズの瞳』(1994年)のスチルを担当したのだった。従って、ギリシャ、マケドニア、アルバニア、ルーマニア、旧ユーゴを旅した記録になっている。

寒そうな雪景色のマケドニア、主演のハーヴェイ・カイテルが眉間に皺をよせて、車の中から不安そうに外を眺める瞬間。孤独な犬。図録にはクーデルカの言葉も引用されている。

「意味をなさない言葉、思い出、夢や秘密の断片、遂げられなかった望み、期待、予感、信仰、そして希望。幾つかの声のハミングが一つになる。」
「私たちの手は現実に触れ、想像を消し去った。私たちの魂は、もはや鈍感ではいられなくなってしまった。」

中には、『ユリシーズの瞳』の印象的な場面のひとつである、解体されたレーニン像が船に乗せられてドナウ河をゆく姿の写真があった。パノラマ写真である。図書館に置いてあったクーデルカの写真集、『CHAOS』(1999年)を開くと、さらに多くのパノラマ写真を見ることができた。これらは『ユリシーズの瞳』の旅においてだけでなく、米国、フランス、イタリア、リビアといった国々でも撮られている。やはり解体されたレーニン像、首がもがれたマリア像、無数の銃弾が撃ち込まれた交通標識。おそらくフジのTX-1、あるいは同型のハッセルブラッドXPANであろう。

旅。

>> 『CHAOS』の写真群(Magnumのサイト) 6葉目がレーニン像の写真

夜、新宿西口で新聞記者のDさんと久しぶりに会い、思い出横丁の「鳥園」、「きくや」(某サックス奏者と「ぶれいん」を食った店だった)、そして小雨の中をゴールデン街まで歩き、浅川マキの写真が飾られている「裏窓」と梯子する。

「裏窓」の狭い店内には、カウンターの背中側にアップライトのピアノが置かれていて、2か月に1回くらい、渋谷毅がピアノを弾くという。そしてそのピアノは、浅川マキの部屋にあったものだという。マスターが、以前に「裏窓」で録音した、渋谷毅のピアノソロ演奏を流してくれた。「ボディ・アンド・ソウル」、「マイ・マン」、「ロータス・ブラッサム」、いつものレパートリー、いつも変わらない魅力なのだった。


「鳥園」


「きくや」

●参照(チェコ)
ヨゼフ・スデク『Prazsky Chodec』
ミラン・クンデラ『不滅』
チェコのジャズ