Sightsong

自縄自縛日記

サタジット・レイ『ナヤック』

2012-03-31 09:57:50 | 南アジア

ドーハからの帰途、カタール航空の機内で、サタジット・レイ『ナヤック』(Nayak、1966年)を観る。

売れっ子映画俳優、アリンダム。傷害事件を起こしてしまい、マスコミから逃げるためもあって、デリーでの表彰式に旅立つ(おそらく西ベンガルから、だろう)。長距離列車のなかではさまざまな人と出逢う。あんたなんて知らんよ、映画なんて『わが谷は緑なりき』以降観ていないよと言う老人。自分のファンだという病気の女の子。俳優という仕事の華やかさに冷や水を浴びせるような、たまたま居合わせた女性記者。

そのうち、アリンダムには、自分の来し方が襲いかかってくる。新米時代、先輩俳優が人前で自分を叱責したが、その後立場が逆転してしまい、仕事のなくなった先輩が訪ねてきたこと。映画に使ってくれと突撃するように懇願してきた若手女優に対し、「自伝に書くから名前を教えてくれ」と言い放ったこと。労働運動に身を投じている長年の友人に、労働者たちの前で発言してくれと頼まれるも、そんなのは絶対にダメだ、リスクがある、と怖れおののき、逃げ出してしまったこと。アリンダムは泥酔し、女性記者に、話を聴いてほしいと頼む。

サタジット・レイ(ショトジット・ライ)は相変わらず映画作りが巧く、複数のプロットも実にすっきりと展開する。映画のテーマは、誰にも心の内奥をさらけ出し、聴いてもらい、時には慰撫してくれる存在が必要なのだということのように思える。極めてシンプルながら、共感しながら観てしまう。

アリンダムにとってのその存在たる女性記者は、しかし、デリー駅で人混みに姿を消す。この潔さもレイならではか。

●参照
サタジット・レイ『見知らぬ人』
サタジット・レイ『チャルラータ』


ジョニー・トー(15) 『奪命金』

2012-03-31 01:44:29 | 香港

カタール航空の機内で、ジョニー・トー『奪命金』(Life Without Principle、2011年)を観ることができた。

銀行員(デニス・ホー)は、行内のノルマ競争で後れをとっており、利息が少ないと文句をいう客にハイリスク・ハイリターンのファンドに無理矢理投資させる(このとき録音せねばならず、「すべて理解しました」と答えさせ続けるのが悪夢のようだ)。そんな投資よりも、裏社会での金貸しで儲けている下品な客は、駐車場で撲殺され、オカネを奪われる。それは、マフィアの有力者を刑務所から出すためのオカネであった。そのために奔走する男(ラウ・チンワン)は、段ボール回収の男からもオカネをもらったり、財テクで儲けている仲間からも借りたり。そのようなオカネ狂想曲と距離を置いている捜査官(リッチー・レン)の妻も、高騰を続けるマンションを買うために苦労して銀行からオカネを借りる。

そして、ギリシャ債務危機により、彼らはパニックに陥る。財テク男はその運用の依頼主から刺され、胸に造花の針を突き刺したまま車で病院を探す。おかしなファンドに投資したり、オカネを借りたりした人たちは、半狂乱になって銀行に押し寄せる。多国の市場介入によりひと段落、結局は、マネーゲームではなく、彼らは直接的に見えるものを求めていく。

サスペンスやバイオレンスそのものではないが、そこはトー得意の群像劇、それぞれの物語がどこかの取っ掛かりからつながり合っていく。マフィアを描いてはいても、これまでのような血と情で結びついているわけではない。オカネであっても、それは札束とイコールではなく、指標でしかない数字である。何だか中国のバブル経済を咀嚼して、トー世界のひとつとして吐きだしたような映画なのだ。面白く、2回続けて観てしまった。

驚いたのはラウ・チンワン。ジョニー・トー作品でも、『デッドエンド/暗戦リターンズ』(2001年)や『MAD探偵』(2007年)において、渋く、どうかしているほど暑苦しく、くどい役で出てきた俳優だが、ここでは、少しオツムが足りず、信念と情と身体ですべて解決していこうとする男の役柄なのである。このような愛すべき男も悪くない。

●ジョニー・トー作品
『アクシデント』(2009)※製作
『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009)
『文雀』(邦題『スリ』)(2008)
『僕は君のために蝶になる』(2008)
『MAD探偵』(2007)
『エグザイル/絆』(2006)
『エレクション 死の報復』(2006)
『エレクション』(2005)
『ブレイキング・ニュース』(2004)
『柔道龍虎房』(2004)
『PTU』(2003)
『ターンレフト・ターンライト』(2003)
『スー・チー in ミスター・パーフェクト』(2003)※製作
『デッドエンド/暗戦リターンズ』(2001)
『フルタイム・キラー』(2001)
『ザ・ミッション 非情の掟』(1999)