上里隆史『海の王国・琉球 「海域アジア」屈指の交易国家の実像』(洋泉社、2012年)を読む。
12世紀頃から1609年の島津氏侵攻までの時代を「古琉球」と称する。三山時代、15世紀からの琉球王国の時代、古琉球は常に海を介した関係のなかに成立していた。著者はこの視点のことを「海域史」という。
14世紀に成立した明とは冊封・朝貢の関係にあり、博多-寧波ルートとは別の南方ルートを活用していた。16世紀頃、明の貨幣システムが銀を日本や南米から吸い込むようになると(16世紀には石見銀山の銀生産量は世界の3分の1に達していた >> リンク)、「倭人」を利用した貿易を行った。そして、シャム(タイ)やマラッカ(マレーシア)など東南アジアとの交易も大きかった。琉球はまさに海洋王国であった。その中心になったハブ都市が、那覇であったのだという。珊瑚礁のリーフに座礁することのない港湾が、那覇と、本部半島の運天など数少ない場所に限られていたからである。
従って、那覇は、日本人、中国人(久米村に居住)、東南アジア人など多様な民族が滞在し、活動する場となった。非常に興味深いのは、このことと関連する宗教のありようだ。琉球といえばごく一部を除いて在来信仰が中心であり続けたと思ってしまうが、実はそうでもなかった。波上や普天間など、権現社(権現とは本地垂迹思想に基づき、仏が日本の神々の姿となって現れた仮の姿)は多く根付き、それらは熊野信仰で占められていた。実は、熊野が地中の黄泉の国に通じることと、琉球に数多くの鍾乳洞があることとの共通点にも起因するのだという(!)。
とにかくエキサイティングで面白い本である。少なくとも、日琉同祖論などよりも実証的であり、ロマンチックでさえある。著者には、薩摩侵攻前後の琉球を描いた『琉日戦争一六〇九 島津氏の琉球侵攻』(ボーダーインク、2009年)という良書もある。
●参照
○上里隆史『琉日戦争一六〇九 島津氏の琉球侵攻』
○杉山正明『クビライの挑戦』
○村井紀『南島イデオロギーの発生』
○柳田國男『海南小記』
○伊波普猷の『琉球人種論』、イザイホー
○伊波普猷『古琉球』
○与那原恵『まれびとたちの沖縄』
○屋嘉比収『<近代沖縄>の知識人 島袋全発の軌跡』
○岡本恵徳『「ヤポネシア論」の輪郭 島尾敏雄のまなざし』
○島尾敏雄対談集『ヤポネシア考』 憧憬と妄想
○島尾ミホ・石牟礼道子『ヤポネシアの海辺から』
○島尾ミホさんの「アンマー」
○齋藤徹「オンバク・ヒタム」(黒潮)
○西銘圭蔵『沖縄をめぐる百年の思想』
○仏になりたがる理由(義江彰夫『神仏習合』)
○浦安・行徳の神社(2)(熊野とイザナミ)