Sightsong

自縄自縛日記

張芸謀『菊豆』

2014-05-12 22:35:55 | 中国・台湾

張芸謀『菊豆』(チュイトウ)(1990年)を観る。(Youtubeの英語字幕版

1920年代、中国の山村。四十の男が、染色業を営む叔父のところに働きに来た。叔父は、子を産まない妻を異常な方法で虐待しては殺し、3人目の妻(コン・リー)を娶ったばかりだった。男はその妻を性欲をもって覗き視る。妻は、虐待から逃れたい一心で、男を誘惑して関係を持ち、妊娠する。叔父は自分の子だと信じ喜ぶが、妻と男は関係を持ち続ける。やがて、叔父が倒れ、下半身不随になってしまう。叔父は事実を知り、子を殺そうとする。そして、子は男(父)と母を憎む。

因果応報の物語ともいうことができるが、それだけでは片づけられないほど不条理であり、観ていてやりきれない。しかし、確かなストーリーテリングの技により、一刻も目が離せない。ほとんどホラー映画である。いや、怖かった。

たくさんの染めた布が乾かされている中で、叔父の妻が男を誘惑し、関係するシーン。漫画や映画で多い手法だが、肝心の場面で、コン・リーの顔と、布が染色液にさらさらと落ちていくカットとが交互に繰り返されて、それを、湿度の高い空気が包む。張芸謀の初期作品であり、既に巧い。

張芸謀
『紅いコーリャン』(1987年)
『紅夢』(1991年)
『活きる』(1994年)
『上海ルージュ』(1995年)
『初恋のきた道』(1999年)
『HERO』(2002年)
『LOVERS』(2004年)
『単騎、千里を走る。』(2006年)


ビル・ムーディ『Fade to Blue』

2014-05-12 00:30:31 | アヴァンギャルド・ジャズ

ビル・ムーディ『Fade to Blue / An Evan Horne Mystery』(Poisoned Pen Press、2011年)を読む。

サブタイトルにある通り、エヴァン・ホーンというジャズ・ピアニストを主人公にしたミステリーのシリーズ最新作である。このシリーズは、初作の『Solo Hand』のみ、『脅迫者のブルース』(文春文庫、原著1994年)という題名で邦訳されたことがある。そこでは、主人公エヴァンが交通事故で手をやられてしまい、ピアニストをやめざるを得ない状況にあった。2回も読んだのに中身をほとんど忘れたものの、(たぶん)それなりに面白く、また、表紙も秀逸だった。ところが、エヴァンがピアニストとして再起したらしいというのに、邦訳が続かなかった。

作家のウェブサイトによると、これまでに、エヴァン・ホーン・シリーズとして、以下の作品が発表されている。

『Solo Hand』(『脅迫者のブルース』) 1994年
『Death of a Tenor Man』 1995年 ワーデル・グレイがネタ。
『Sound of the Trumpet』 1997年 クリフォード・ブラウンがネタ。
『Bird Lives!』 1999年 チャーリー・パーカーがネタ。
『Looking for Chet Baker』 2002年 チェット・ベイカーがネタ。
『Shades of Blue』 2008年 マイルス・デイヴィスがネタ。
『Fade to Blue』 2012年 本作。

そんなわけで、エヴァンのその後が気になって、読んでみた。

ジャズクラブでピアノトリオを組んで演奏していたエヴァンは、突然、ハリウッドの超大物スター・ライアンからの依頼を受ける。ジャズ・ピアニストを主人公とする映画を作るので、演奏シーンがそれらしく見えるようピアノを教えてほしい、また、映画音楽を作曲してほしい、というのだ。戸惑いながらも承諾するエヴァン。ところが、ライアンにしつこく付きまとっていたパパラッチがひとり死体で発見され、ライアンに疑いがかけられる。さらにもうひとり、変死体で死ぬ。エヴァンは、FBIのガールフレンドと協力して、得意の素人探偵ぶりを発揮する。そして、もっとも怪しいのは、ライアンではなく、映画のプロデューサーだということがわかってきた。

『脅迫者のブルース』で感じたように、ストーリーテリングや謎解き自体は、まったくもって大したことがない。これまでのシリーズに登場してきたと思しき人物が、唐突に現われ、しかも脈絡がない。どんでん返しも何にもない。英語が平易なこともあってラストまで一直線、そのまま腰砕け。

とは言え、この作品の面白さは、随所で開陳されるジャズのネタにある。『バード』では、フォレスト・ウィティカーもサックス未体験にも関わらずそれなりに訓練してのぞんだらしい、とか。『グレン・ミラー物語』では、ジェームス・スチュワートのトロンボーンの音がひど過ぎて、音が出ないようにされてしまった、とか。クリスチャン・ジェイコブのピアノが素晴らしいとか(これについても、不自然に、ライヴの描写がひとしきり挿入されるのだが)。もちろんそれだけでなく、「ああ、ヴィレッジ・ヴァンガードみたいだな」などといった言葉が散りばめられていて、ニヤリとさせられるわけである。

どこか、シリーズの邦訳希望。

●参照
ビル・ムーディ『脅迫者のブルース』
シャーロット・カーターがストリートのサックス吹きを描いたジャズ・ミステリ『赤い鶏』、『パリに眠れ』
ジャズが聴こえないジャズ・ミステリ、ポーラ・ゴズリング『負け犬のブルース』
フランソワ・ジョリ『鮮血の音符』