Sightsong

自縄自縛日記

ニコラス・フンベルト『Wolfsgrub』

2014-05-24 09:26:30 | ヨーロッパ

ニコラス・フンベルト『Wolfsgrub』(1985年)を観る。

フンベルトは、ヴェルナー・ペンツェルとともに、フレッド・フリスの音楽活動を追った『Step across of the Border』(1990年)や、ユセフ・ラティーフ晩年の独白をとらえた『Brother Yusef』(2005年)を撮った人である。この映画でも、フレッド・フリスと、ウード奏者アラム・グレチャンとともに音楽を担当している。

ヴォルフスグルッブは、ドイツ南部バイエルン州の山村。そこに、フンベルトの母親エヴァがずっとひとりで住んでいる。彼は、電車に乗って、森と雪のなかに帰ってゆき、エヴァにカメラを向ける。エヴァの語りはおそらくヴィデオで撮られているが、母の寝る姿、薪を割る姿、自分だけの食事を作り食べる姿は白黒の16ミリフィルムで、村の風景やどこかに描かれた素人画はカラーの16ミリフィルムで撮られている。やはり、16ミリの持つにじみやざわめきのようなものに、魅かれてしまう。

エヴァの父親は、ユダヤ人であった。結婚後すぐに移り住んだ山村にも、ナチスの脅威がじわじわと浸透してくる。医者でありながら作家を志す父は、すべてを諦め、ひとり中国へ旅立ち、もう母娘と会うことはなかった。ナチスにより、エヴァは市立学校から公立学校への転校を余儀なくされ、さらに、「ユダヤ人のハーフは公立学校に通ってはならない」、「結婚してはならない」というおそるべき政策が出されることになる。

エヴァは、その生活のなかで多くを学んだのだという。それによって培った心があった。戦後、ドイツにおいても、「まずは服従を学ぶべきである」、「国家のいうことに従わないことはあってはならない」といった言説が虫のように湧いてきたという。エヴァは、そういった毒に対し、とんでもないことだと断言する。まさに、個人の裡に醸成された力だと思えてならない。(ウルリケ・マインホフへのシンパシーも示すのである。)

同様の過ちを犯し、罪と恥から多くを得るべきだった日本はどうなのか。このフィルムを広く上映してみてはどうか。

ところで、エヴァ少女時代の思い出話で出てきた「臭いチーズ」こと「Backsteiner」。家に持ち帰ると、エヴァの母親は本当に嫌がっていたそうである。どれくらい臭いのか、いつか試してみたい。

●参照
ユセフ・ラティーフの映像『Brother Yusef』
マルガレーテ・フォン・トロッタ『ハンナ・アーレント』
芝健介『ホロコースト』
飯田道子『ナチスと映画』
クロード・ランズマン『ショアー』
クロード・ランズマン『ソビブル、1943年10月14日午後4時』、『人生の引き渡し』
ジャン・ルノワール『自由への闘い』
マルティン・ハイデッガー他『30年代の危機と哲学』
フランチェスコ・ロージ『遥かなる帰郷』
アラン・レネ『夜と霧』
徐京植『ディアスポラ紀行』
徐京植のフクシマ
プリーモ・レーヴィ『休戦』
『縞模様のパジャマの少年』