四方田犬彦『ブルース・リー 李小龍の栄光と孤独』(ちくま文庫、原著2005年)。
李小龍はどこにも帰属できない人だった。香港ではドイツ人の血が混じっているからという理由で功夫道場への入門を取り消されかけ、ハリウッドではあまりに中国人らしく見えるという理由で活躍できなかった。
そのことと関係するのだろうか、かれが開拓した功夫の世界は、脳と各器官という権力構造から身体を解放するところに理想を求めた。それはドゥルーズ=ガタリのいう「器官なき身体」と「プラトー」の概念に極めて近いという指摘には納得させられるものがある。
かれにとっての香港とは、多くの映画人が描いたような中国大陸との関わりには無縁だった。その点において、マイケル・ホイの『Mr. Boo!』シリーズとの比較がなされていて興味深い。かれは海を視ていたディアスポラだったのだ。そしてそれゆえのナショナリズムであり、また、アメリカやパレスチナにおいて異議申し立てを行うエスニック集団・マイノリティ集団が李小龍のフィルムにシンパシーを抱いたこともわかる。
じつにすぐれた評伝だ。
●参照
四方田犬彦『ニューヨークより不思議』
四方田犬彦『マルクスの三つの顔』
四方田犬彦・晏[女尼]編『ポスト満洲映画論』
四方田犬彦『ソウルの風景』
四方田犬彦『星とともに走る』
ブルース・リー『ドラゴンへの道』『死亡遊戯』『死亡の塔』
ロバート・クローズ『燃えよドラゴン』