Sightsong

自縄自縛日記

ベルトラン・タヴェルニエ『ラウンド・ミッドナイト』

2016-11-09 07:02:44 | アヴァンギャルド・ジャズ

ベルトラン・タヴェルニエ『ラウンド・ミッドナイト』(1986年)を観る。

もちろんジャズ映画の大傑作であり、わたしも繰り返し観てはいるのだが、出演している多くのジャズメンが鬼籍に入り、ますますこの映画は光を増しているようだ。これがDVDで簡単に鑑賞できるなんて幸せ以外のなにものでもないのだ。

映画は、バド・パウエルと、フランス人イラストレイターのフランシス・ポードラとの間の物語をもとにしている。アメリカではバドらの活動がうまくゆかず、パリに演奏の場を移す。そこでは、かれらは伝説的な音楽家として尊敬された。ニューヨークよりもパリだ、というわけなのだった。パリにおいて、バドのファンだったポードラに世話になり、やがてニューヨークに戻るのだが、ほどなく亡くなった。映画はまた、バドに加え、パリからの帰国中に倒れて亡くなったレスター・ヤングにも捧げられている。

映画においてバド的な音楽家を演じているのがデクスター・ゴードンであり、この貫禄や味わいといったら、本職の役者ハダシである。悔いはあるかと訊かれ、ちょっと思案して、「カウント・ベイシーと共演できなかったことだ」と答えるくだりは、デックス本人の発案によるものだったという。

デックスのテナーの演奏も素晴らしい(ソプラノも吹いている)。悠然として、誰にも似ていないほどのレイドバックを見せて、揺るがない音を出している。以前はデックスはイモだと思い嫌っていたのだが、それは実はかれの独特極まりない魅力なのだった。

共演する人たちも凄い。ハービー・ハンコック、ピエール・ミシェロ(デックスがバドらと吹き込んだ『Our Man in Paris』のベーシストでもあった)、ボビー・ハッチャーソン、ジョン・マクラフリン、ビリー・ヒギンズ、フレディ・ハバード、トニー・ウィリアムス、ロン・カーター、シダー・ウォルトン、ウェイン・ショーター。

ところで、Stopforbud』(1962年)は、デンマークを徘徊するバド・パウエルを捉えたドキュメンタリーフィルムだが(『Jazz in Denmark』所収)、そこでは、デックスがナレーションの声を吹き込んでいる。デックスは、「40年頃にクーティ・ウィリアムスのビッグバンドで弾いていたときから、バド・パウエルを見ていたよ。それから、ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンクらと一緒にビバップをやって・・・イノヴェーターだったよ。マイクに向かって、ジョージ・シアリングは1週間に3000ドルもらえるのに、私は黒人だから最低額なんだ、と呟いていたんだよ。」と思い出を語っている。

そのデックスも、映画では、パリにおいてイノヴェーターと正当に評価されるが、生き残るために必死にならず、クスリもやらず、皆に愛される「調和」のもとでも酒におぼれ、結局はニューヨークに帰ってゆく。バドとデックス、虚と実とが重なり絡み合い、業のようなものを感じさせられてしまう。

●参照
『Jazz in Denmark』 1960年代のバド・パウエル、NYC5、ダラー・ブランド
「3人のボス」のバド・パウエル
ヨーロッパ・ジャズの矜持『Play Your Own Thing』


Sound Live Tokyo 2016 マージナル・コンソート(JazzTokyo)

2016-11-07 20:33:59 | アヴァンギャルド・ジャズ

六本木のスーパーデラックスにおいて開催された一連のライヴ「Sound Live Tokyo 2016」。「ピカ=ドン/愛の爆弾」(2016/9/11)、「私がこれまでに書いたすべての歌:バンド・ナイト」(9/18)(Sound Live Tokyo 2016 ピカ=ドン/愛の爆弾、私がこれまでに書いたすべての歌:バンド・ナイト(JazzTokyo))に続き、「マージナル・コンソート」(9/21)を観ることができた。

マージナル・コンソートについては、「JazzTokyo」に写真を提供しました。文章は剛田武さん。

>> #919 Sound Live Tokyo 2016 マージナル・コンソート/ツァイトクラッツァー × 灰野敬二

マージナル・コンソート:
今井和雄, 越川T, 椎啓, 多田正美

Fuji X-E2、XF35mmF1.4、XF60mmF2.4

●今井和雄
広瀬淳二+今井和雄+齋藤徹+ジャック・ディミエール@Ftarri(2016年)
坂田明+今井和雄+瀬尾高志@Bar Isshee(2016年)
齋藤徹+かみむら泰一、+喜多直毅、+矢萩竜太郎(JazzTokyo)(2015-16年)
今井和雄 デレク・ベイリーを語る@sound cafe dzumi(2015年)
今井和雄、2009年5月、入谷
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』(2009年)
バール・フィリップス@歌舞伎町ナルシス(2012年)(今井和雄とのデュオ盤)


ジュリアン・ジャロルド『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』

2016-11-07 19:12:25 | ヨーロッパ

ギンレイホールで、ジュリアン・ジャロルド『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』(2015年)を観る。(入院中の許可外出ゆえ、こういう場所がいろいろ良いのだ。)

1945年5月8日、ヨーロッパ戦勝記念日(VE Day)。ロンドンの市民は沸き立っている。現女王のエリザベスと妹のマーガレットは、このときこそ宮殿の外に出るチャンスだと思い、父母に交渉し、なんとか許される。そこからお忍びでの一夜のアヴァンチュールのはじまり。

要するに、『ローマの休日』的なコメディである。難しいことは考えないハッピーな映画。

面白いのは、父のジョージ6世。もともと国王になんかなるつもりがなかったのに、兄のエドワード8世が王位を投げ出したために、継承せざるを得なかったかわいそうな人である。『英国王のスピーチ』では吃音に苦しみ、なんとか国民に向けてスピーチができるようになるまでを描いているのだが、この映画はもう少しあとのこと。そのために、戦勝についてラジオで国民に語りかけるときも、その反応をやけに気にして、だからこそ娘たちの外出が許されたようなものだ。そして、相手をエリザベス王女だと知らない市民の女性は、ジョージ6世の肖像画を一瞥して、「国王なんかやりたくもなかっただろうに、頑張っているよ」と呟く場面もある。

また、ソーホー地区が当時とびきりいかがわしい場所であったとは知らなかった。街を歩くには歴史を知らなければならない。ところで、以前、ロンドンの仕事仲間に、何で日本では「SOHO (Small Office, Home Office)」なんてヘンな造語を使うんだと笑われたことがある。そういえばいつの間にか消え去った言葉である。

●参照
『英国王のスピーチ』


ロバート・バドロー『ブルーに生まれついて』

2016-11-07 12:16:19 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロバート・バドロー『ブルーに生まれついて』(2015年)をDVDで観る。

チェット・ベイカーの伝記映画であり、クリント・イーストウッド『バード』のような行き過ぎた露出もミスキャストもなく(フォレスト・ウィティカーはどうみてもバードではない)、また、『グレン・ミラー物語』や『ベニー・グッドマン物語』のような予定調和のしょうもない作品とも異なる。

わたしはチェットの熱心なファンでもないので細かいことの真実性はわからないが、演出に関しては大人のものである。タイトル通り「ブルー」な感覚があって、いい映画だ。

もっとも、最初はイーサン・ホークの老け顔が、若くて溌剌としたプレイをしていた時代のチェットとはちょっとずれている。しかし、薬物に依存し、歯をすべて折られ、トランぺッターとしての人生を取り戻すべく地を這うような苦しみを味わったあとは、いい感じで重なってくる。むしろ、イーサン・ホークの物語のようにも見えてくる。ケヴィン・ターコットというプレイヤーが吹いているトランペットも、イーサン自身による歌も、悪くはない。晩年のプレイの深みは誰にも真似できないと思うものの……。

似ているかどうかということで言えば、ディジー・ガレスピーはともかく、マイルス・デイヴィス役のケダー・ブラウンがかなりのものだ(あまりにも違うので驚いた『MILES AHEAD』でもかれをマイルス役にすればよかった)。意地悪さもカッコよさもなかなかだ。チェットが若い頃に、ニューヨークのバードランドで対バンのマイルスに出逢ったとき(どんな対バンだ)、マイルスは、チェットに対して「Go back home to the beach, man. This ain't the place for you」と罵る。これは明らかに白人で甘い歌声を使い、若い女性たちが黄色い声で応援していることについての激しい怒りである。しかし、ロスでの雌伏のときを経て、ディジーの口利きでまたバードランドに戻ってきたとき、復帰1曲目を聴いてゆっくりと拍手をするのだった。

この映画の日本公開を機に、ブルース・ウェーバーによるチェットの傑作ドキュメンタリー『レッツ・ゲット・ロスト』も、改めて大画面で堪能したいところ。

●チェット・ベイカー
チェット・ベイカー+ポール・ブレイ『Diane』(1985年)


アリ・ブラウンの映像『Live at the Green Mill』

2016-11-06 09:03:59 | アヴァンギャルド・ジャズ

アリ・ブラウンのDVD作品『Live at the Green Mill』(Delmark、2007年)を観る。

Ari Brown (ts, ss, fl)
Pharez Whitted (tp)
Kirk Brown (p)
Yosef Ben Israel (b)
Avreeayl Ra (ds)
DR. Cuz (perc)

特にテナーが、少し塩辛く、実に味があってブルージーだ。これは凝視せざるを得ない。ソプラノとの同時二本吹きもあり、客席は沸くのだが、本人はどこ吹く風で渋い顔で笑える。

ドラムスのエイブリアイル・ラーの分裂発散型のプレイにも目を惹かれる。最近でもデイヴ・レンピスとの共演盤において、その不定形ぶりが印象的だった(レンピス/エイブラムス/ラー+ベイカー『Perihelion』)。

これは10年近く前の映像だが、最近のプレイをyoutubeで観ても、いまも健在のようだ。90年代にエルヴィン・ジョーンズ・ジャズ・マシーンの一員として新宿ピットインに出たとき、ゆったりと裏でリズムを取りながら良いソロを披露してくれた。うっとりするような「In a Sentimental Mood」を覚えている。そのとき、ケイコ・ジョーンズさんは(いつもの長いMCで)、チコ・フリーマンやデイヴ・リーブマンやスティーヴ・グロスマンと比較しながら、ずいぶんとブラウンを褒めていた。それだけのことはあった。

アリ・ブラウンはシカゴAACMのサックス奏者の中ではさほど目立って評価されてきたわけではない。ヘンリー・スレッギルやロスコー・ミッチェルのように突出した個性を発散してもいないし、フレッド・アンダーソンのようにどこまで突き進むのかという危なさもない。また、ヴォン・フリーマンのように強烈な発酵食品の臭さもない。しかしそれはそれとして、傑出したサックス奏者である。

ところで、AACMにはアンドリュー・ラムやハナ・ジョン・テイラーなど過小評価のサックス奏者は少なくない。スターだけでなくかれらの音をもっと聴きたいと思っている。

●アリ・ブラウン
カヒル・エルザバー(リチュアル・トリオ)『Alika Rising!』(1989年)
ドン・モイエ+アリ・ブラウン『live at the progressive arts center』(1981年)


TON KLAMI@東京都民教会

2016-11-05 19:54:52 | アヴァンギャルド・ジャズ

下北沢の東京都民教会に足を運び、待望のTON KLAMIを観る(2016/11/5)。

TON KLAMIは姜泰煥・高田みどり・佐藤允彦から成るトリオであり、90年代に2枚のディスクを残している。わたし自身も、第2作の『パラムゴ』において姜泰煥の凄さに仰天してしまったこともあり、ぜひライヴで観たかった。ちょうど故あって入院中だが、検査のない日だったので、外出許可をもらって駆けつけた。

Kang Tae Hwan 姜泰煥 (as)
Midori Takada 高田みどり (perc)
Masahiko Sato 佐藤允彦 (p) 

着くとぼちぼち音出しをしていて、さすがに教会だけあって、親密な距離であり響きが良い。姜さんが笑いながら飛び出してきて、「strong pianoだ、ドイツ?えっ日本?」と驚いたように話している。ピアノは確かに日本のディアパソン。strongだというのは響きがあっての印象に違いないと思った。

時間になり、高田さんがベルを静かに鳴らしながら入ってくる。まずは銅鑼、次にマリンバ。やがて姜さんがおもむろに胡坐をかいて、アルトを吹き始める。ここから休憩までの1時間弱は素晴らしい体験だった。まるで様々な太さと色の無数の血管が束となって、それが龍のようにうねりながら、次々に別の血管へと移り変わってゆく。すなわち無数の音が次の無数につながっていくわけである。右手で低音のキーを押し旋回する音など、やはり韓国なのだった。

高田さんと入れ替わるように佐藤允彦が入り、やがて再び現れた高田さんは見事な太鼓を叩いた。佐藤さんの遊ぶような柔軟さもサウンドを分厚いものにしていた。

このファーストセットが、三者の生の音が干渉して都度新たな化学反応を起こしていたのだとして、セカンドセットは、まるで黄昏のように、あるいはまるで馴れ寿司のように三者が混淆して、また違う妙なるサウンドを創出した。そしてアンコールに応え、お茶目な音の遊戯のような短い演奏を披露してくれた。

●姜泰煥
映像『ユーラシアンエコーズII』(2013年)
ユーラシアンエコーズ第2章(2013年)
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2008年)
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2)(2008年)
姜泰煥+美妍+朴在千『Improvised Memories』(2002年)
『ASIAN SPIRITS』(1995年)

●佐藤允彦
高瀬アキ+佐藤允彦@渋谷・公園通りクラシックス(2016年)
ペーター・ブロッツマン+佐藤允彦+森山威男@新宿ピットイン(2014年)
ペーター・ブロッツマン+佐藤允彦+森山威男『YATAGARASU』(2011年)
『ASIAN SPIRITS』(1995年)
『老人と海』 与那国島の映像(1990年)
翠川敬基『完全版・緑色革命』(1976年)
アンソニー・ブラクストン『捧げものとしての4つの作品』(1971年)