宮ノ池の西側の山に鎮座する艮神社。所在地は福山市赤坂町大字早戸字坂神1778‐1。参道入口の鳥居の斜向かいに見えるのが岡田畳店(大字早戸1598‐2)。



説明板によると相当の歴史を持つ神社(祭神は吉備津彦命)で旧村社でもあった。石段を上ると立派な注連柱が現れる。


裏面に刻まれた井上鉄五郎という人物について『赤坂村史(昭和四十二年)』は次のように紹介している。
井上家先祖は千年村草深(旦那時宝大寺)より早戸村安井に転居(一説に山南村より転居)天保九年(一八三八)井上作三雅馴の長男に生まる。
神辺の菅家と親戚関係にあり、幼少の頃茶山の門に入り勉学す、菅佃仲との親交あり当時の書簡を蔵せりと。二十歳の時父を失う。
明治十二年(一八七九)末早戸村、山北村、加屋村戸長となる(四十二歳)同十六年末まで三村の村治に尽瘁す。…
明治二十二年(一八八九)早戸村赤坂村合併し、同年六月十日初代赤坂村長となる。

境内に入ると本殿・階・幣殿の修復が終わったことを示す記念碑が平成二十四年十月十四日(創祀八百年大祭斎行の日)に建立されていた。



説明板によると相当の歴史を持つ神社(祭神は吉備津彦命)で旧村社でもあった。石段を上ると立派な注連柱が現れる。


裏面に刻まれた井上鉄五郎という人物について『赤坂村史(昭和四十二年)』は次のように紹介している。
井上家先祖は千年村草深(旦那時宝大寺)より早戸村安井に転居(一説に山南村より転居)天保九年(一八三八)井上作三雅馴の長男に生まる。
神辺の菅家と親戚関係にあり、幼少の頃茶山の門に入り勉学す、菅佃仲との親交あり当時の書簡を蔵せりと。二十歳の時父を失う。
明治十二年(一八七九)末早戸村、山北村、加屋村戸長となる(四十二歳)同十六年末まで三村の村治に尽瘁す。…
明治二十二年(一八八九)早戸村赤坂村合併し、同年六月十日初代赤坂村長となる。

境内に入ると本殿・階・幣殿の修復が終わったことを示す記念碑が平成二十四年十月十四日(創祀八百年大祭斎行の日)に建立されていた。
