寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

倉敷市庄新町・王墓の丘史跡公園に到着

2014年03月20日 | 
日畑地区で農作業に精を出す女性に声を掛けて王墓山(おうぼさん)古墳への最短コースを訪ねた。彼女は「丘の上の団地まで移動して大きな通りを下ると大きな公園があります。そこが古墳の入口ですよ」と教えてくれた。そして「多分分かると思いますが、もし迷ったら向うでまた聞いて下さい」と付け加えた。

道(公園の標識)
 
道2(鉄塔)

彼女の説明は完璧だった。すぐに「王墓の丘史跡公園」の標識が見つかり坂道を上り切りると高い鉄塔が建っていた。私は(日畑の西方に位置する)庄新町へ入ったことを悟った。

道3(団地)

メインストリートに出て一気に南へ向かう。渡辺薬局の向かい(南側)が「王墓の丘史跡公園」である。公衆トイレの近くに説明板が設置してあるようだった。

王墓の丘史跡公園から見た渡辺薬局

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

福山市北本庄2丁目・真栄山円照寺の馬頭観世音菩薩像

2014年03月20日 | 郷土史
JR福塩線の二股の2踏切を渡り東へ向かう。北本庄の真栄山円照寺に寄る。参道入口脇に建つ黒っぽい馬頭観世音菩薩像。

馬頭観世音菩薩像

組合

坂道を歩いて行くと立派な楼門が見える。伝道掲示板の文句はお四国参りの際に私も何度か唱えたことがある。

楼門

伝道掲示板

『いとしき故郷‐本庄・木之庄・北吉津‐ / 鎌田 一』には「当寺はもと沼隈郡山田村(熊野)にあったが、宥海上人のとき、本庄下山手橋付近の中島に移った。寛文十三年(一六七三)大洪水にあい、過去帳も建物もすべて流された。延宝二年(一六七四)十一月宥海によって堂坂に移され、明治七年(一八七四)、澄寂によって本堂改築が行われた。」 という記述がある。

六地蔵

本堂

「奉為弘法大師千百年御忌倍造法楽」と刻まれた長い石塔の隣の仏さんの表情がいかにも不貞腐れたような感じで思わず笑ってしまった。

石塔

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

建設の春(刻々と姿を変える福山市中心部)

2014年03月20日 | 日記

すっかり春めいてきて街を歩く人々の表情は明るい。「桜の開花とさんすて福山東棟のオープンは重なるかもしれない」と私は密かに期待を寄せている。

さんすて福山東棟

東町1丁目1

市の中心部では建設工事が盛んに行われている。東町1丁目の一画には整形外科の関連施設が出来る予定である。

エディオン福山本店工事現場

また入船町1丁目の基礎工事の進捗状況を確認して安心した(エディオン福山本店が今年中に移転)。このように中核都市の主要なエリアは刻々と姿を変えていく。役割を終えた建物を容赦なく破壊し時代に合った新たな施設を造ることで街は更に発展する。

エディオン福山本店工事現場2

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする