(夕暮れターミナル@東武日光駅)
秋の日は釣瓶落とし、国際観光都市・日光のターミナルに到着するリバティけごん。下今市で会津方面と分割されてからは3両編成になってしまいますが、今年のコロナ禍の中では平日の特急列車は閑古鳥が鳴いていましたので、スペーシアに比べて3両で動けるリバティは乗客流動に即した運用が組めると重宝されているようです。小田急におけるEXEやMSEのようなものか。「分割出来る」という使い勝手を優先すると、短編成の特急が走るようになりますけど、個人的には「優等列車は重厚長大を良しとする」という古風な考え方なので、正直格式としては下がるように思いますよね。リバティは、最近になって特急りょうもうの一部にも投入されているようですが、まありょうもうのようなビジネスユースの特急に使われる分には悪くないと思うのだけど。
駅舎側の旅客ホームから、大きくカーブしながら東武日光の駅を出て行く南栗橋行き急行。実際は4両なんですが、編成が長く見えるようにあえて後ろは切って撮影してみました。南栗橋までとはなってしまいましたが、オデコの2つの急行灯を光らせて夕暮れのターミナルを発つその姿は風格充分。快急「だいや」「おじか」時代の名残りを感じさせてくれます。まあ5700系とか6000系の快急時代は6両編成なので、実際は向かって右側の特急ホーム発着だったと思われる。少々頭の中の思い出を盛って想像していただく必要があるのかもしれませんが・・・(笑)。
軽やかな音を立てて、ミンデンドイツ式の台車が構内のポイントを渡って行きます。一昔前、特急が1720系DRCだった時代、「だいや」も「おじか」も非冷房車による旧態依然としたサービスだったにもかかわらず、一応は特別料金を徴収していたんですよね。5700系の快速急行はマニア的には非常に人気のあった列車だったそうですが・・・そう思えば1991年に登場した料金不要の6050系の会津快速ってのは、料金的にも設備的にも物凄い破格のサービス提供だったのだなと思いますね。
一説によれば、第三セクターで開業した野岩線の利用促進と沿線振興策の一環として「東京(浅草)直通の列車」を設定するのは、開業当時からの公約みたいなものだったらしい。まあ三セクってのはそーいう政治的な話も絡みますからな。