今日の「田中利典師曰く」は、「デクノボー」(師のブログ 2016.12.29 付)。宮沢賢治の「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズクニモサレズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」の「デクノボー」である。
※トップ写真は宮沢賢治の手帳、日本経済新聞のHPから拝借
利典師は、「賢治の言うデクノボーは、常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)のことだ」とする。なお「常不軽菩薩」とは、〈『法華経』「常不軽菩薩品」に出てくる菩薩の名。常に身に不軽の行をなし、口に不軽の教を宣(の)べ、人に逢うごとにいずれも仏になるべき人とみて、敬って軽慢せず、うやうやしくこれを礼拝したという〉(例文 仏教語大辞典)。
なお不軽の行とは、〈他人を尊敬し礼拝し、軽んじあなどらないこと。また、その心〉(同辞典)のこと。では、以下に全文を抜粋する。
「デクノボー」ー田中利典著述集281229
10月末からはじめた金峯山寺の機関誌「金峯山時報」のエッセイ欄「蔵王清風」で書いたた駄文を折に触れて転記していますが、今日は2年前(2014年)の文章です。
このころは自分なりに苦しんでいたのが、ひしひしと伝わって来ます。ま、生きてる限り、人間は常にそれなりの苦しみを持ちながら生きるモノではありますが…。愚痴ではなく、常に心にしておきたいと思います。
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「デクノボー」
法華経に出る常不軽菩薩を敬愛してやまなかったのは宮沢賢治である。第二十常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)に書かれる常不軽菩薩。〈あらめの衣身にまとひ、城より城をへめぐりつ、上慢四衆の人ごとに菩薩は禮をなしたまふ。「我は不軽ぞかれは慢こは無明なりしかもあれ。いましも展く法性と菩薩は禮をなし給ふ」われ汝らを尊敬す。敢えて軽賤なさざるは汝等作佛せん故と。菩薩は禮をなし給ふ。「ここにわれなくかれもなし、ただ一乗の法界ぞ法界をこそ拝すれと、菩薩は禮をなし給ふ」〉。
ちょっと難しいので意味を書き直すと、〈常不軽菩薩は、僧も世俗の人もみんなことごとく礼拝して、「私は深くあなた達を敬い、あえて軽んじるようなことはしません。なぜかというと、あなた達はみんな菩薩の道を行って、まさにみ仏になることができるからです」。と言った。すると人々はその言葉に怒り出して、「この無智の坊主め、どこから来たって私はあなた達を軽んじません。われらがためにまさにみ仏になるでしょうと、嘘そらごとを言うのだ。お前みたいな坊主がそんなに言ったからといってどうしてありがたかろう」と罵られ、杖で追い払い、瓦や石をもって殴りかかってきた。菩薩はその場をにげては、遠くから大声で「私は深くあなた達を敬い、あえて軽んじません。あなた達はみんな仏になるでしょう」と叫んだ〉というのである。
宮沢賢治の有名な詩「雨にも負けず」に出るデクノボーとはまさにこの常不軽菩薩のことを指す。「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズクニモサレズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」(「雨にも負けず手帳」より)の「デクノボー」である。
いま、自分の周りで起こっている多くのことは自分の意とは違うものばかりである。もちろんそんな思いで生きているのは自分ばかりではない。そう、わかっていても愚痴りたくなるのが人間であり、心打ち砕かれるのが凡人ゆえの弱さであろう。なかなか宮沢賢治や常不軽菩薩のようになれないが、それでも私は菩薩でありたいと思うし、デクノボーとして生きていたいと思う。
※『金峯山時報』平成26年10月号所収「蔵王清風」より
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もう今年もあとわずか…。「デクノボー」として生きていける自分を作れたかどうかはいささか疑問の本年でしたが、少しずつでもそうありたいと願います。
※写真は宮沢賢治の手帳。ちなみに私は宮沢賢治と誕生日が一緒で、中学生のときにそれを知って以来、賢治は私にとってあこがれの哲人です。
※トップ写真は宮沢賢治の手帳、日本経済新聞のHPから拝借
利典師は、「賢治の言うデクノボーは、常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)のことだ」とする。なお「常不軽菩薩」とは、〈『法華経』「常不軽菩薩品」に出てくる菩薩の名。常に身に不軽の行をなし、口に不軽の教を宣(の)べ、人に逢うごとにいずれも仏になるべき人とみて、敬って軽慢せず、うやうやしくこれを礼拝したという〉(例文 仏教語大辞典)。
なお不軽の行とは、〈他人を尊敬し礼拝し、軽んじあなどらないこと。また、その心〉(同辞典)のこと。では、以下に全文を抜粋する。
「デクノボー」ー田中利典著述集281229
10月末からはじめた金峯山寺の機関誌「金峯山時報」のエッセイ欄「蔵王清風」で書いたた駄文を折に触れて転記していますが、今日は2年前(2014年)の文章です。
このころは自分なりに苦しんでいたのが、ひしひしと伝わって来ます。ま、生きてる限り、人間は常にそれなりの苦しみを持ちながら生きるモノではありますが…。愚痴ではなく、常に心にしておきたいと思います。
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「デクノボー」
法華経に出る常不軽菩薩を敬愛してやまなかったのは宮沢賢治である。第二十常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)に書かれる常不軽菩薩。〈あらめの衣身にまとひ、城より城をへめぐりつ、上慢四衆の人ごとに菩薩は禮をなしたまふ。「我は不軽ぞかれは慢こは無明なりしかもあれ。いましも展く法性と菩薩は禮をなし給ふ」われ汝らを尊敬す。敢えて軽賤なさざるは汝等作佛せん故と。菩薩は禮をなし給ふ。「ここにわれなくかれもなし、ただ一乗の法界ぞ法界をこそ拝すれと、菩薩は禮をなし給ふ」〉。
ちょっと難しいので意味を書き直すと、〈常不軽菩薩は、僧も世俗の人もみんなことごとく礼拝して、「私は深くあなた達を敬い、あえて軽んじるようなことはしません。なぜかというと、あなた達はみんな菩薩の道を行って、まさにみ仏になることができるからです」。と言った。すると人々はその言葉に怒り出して、「この無智の坊主め、どこから来たって私はあなた達を軽んじません。われらがためにまさにみ仏になるでしょうと、嘘そらごとを言うのだ。お前みたいな坊主がそんなに言ったからといってどうしてありがたかろう」と罵られ、杖で追い払い、瓦や石をもって殴りかかってきた。菩薩はその場をにげては、遠くから大声で「私は深くあなた達を敬い、あえて軽んじません。あなた達はみんな仏になるでしょう」と叫んだ〉というのである。
宮沢賢治の有名な詩「雨にも負けず」に出るデクノボーとはまさにこの常不軽菩薩のことを指す。「ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズクニモサレズ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」(「雨にも負けず手帳」より)の「デクノボー」である。
いま、自分の周りで起こっている多くのことは自分の意とは違うものばかりである。もちろんそんな思いで生きているのは自分ばかりではない。そう、わかっていても愚痴りたくなるのが人間であり、心打ち砕かれるのが凡人ゆえの弱さであろう。なかなか宮沢賢治や常不軽菩薩のようになれないが、それでも私は菩薩でありたいと思うし、デクノボーとして生きていたいと思う。
※『金峯山時報』平成26年10月号所収「蔵王清風」より
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もう今年もあとわずか…。「デクノボー」として生きていける自分を作れたかどうかはいささか疑問の本年でしたが、少しずつでもそうありたいと願います。
※写真は宮沢賢治の手帳。ちなみに私は宮沢賢治と誕生日が一緒で、中学生のときにそれを知って以来、賢治は私にとってあこがれの哲人です。
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