エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

北越潜行の詩

2006-02-13 | 街中散歩
秋月悌次郎詩碑(三の丸)

胸を打つ北越潜行の詩
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行くに輿なく帰るに家なし
  国破れて孤城雀鴉乱る
  治功を奏せず戦いに略なし
  微臣罪ありまた何をか嗟かん
  聞くならく天皇元より聖明
  我が公の貫日至誠より発す
  恩賜の赦書はまさに遠きに非ざるべし
  幾度か手に額をして京城を望む
  之を思い之を思えば夕晨に達す
  愁いは胸臆に満ちて涙は巾を沾す
  風は淅瀝として雲は惨憺たり
  何れの地に君を置き又親を置かん
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 最近、中野孝次の「生き方の美学」を読んでいて、幕末の会津人、秋月悌次郎の一端を知った。彼がその生き方に惹かれ、心に残った人間を紹介しているが、熊本五高で同僚だったラフカディオ・ハーンが、悌次郎のことを「神様のような」人と呼んで尊敬したこと、熱意ある教育者として、学生に慕われたとが書かれていた。
鶴ケ城三ノ丸の博物館入り口に秋月悌次郎の北越潜行の詩碑が建っている。憂い悩む詩文に、いつも切なく胸を打たれる。
 「落花は枝に返らずとも」により、秋月悌次郎の誠実な人物像と、その波乱の生涯を知ることができた。
 
 また、映画「バルトの楽園」が話題になっている。第一次大戦中、ドイツ人捕虜を思いやった鳴門の捕虜収容所の松江豊寿所長も会津の先人だ。山川健次郎、新島八重子、柴五郎と、会津の先人は枚挙に暇はないが、あらためて郷土会津人の誇りを子や孫に伝えていかなければならないと思っている。


中野孝次先生の死を悼む
 早朝、愛犬との散歩から戻り朝刊を広げると中野孝次先生の訃報が目に飛び込んだ。ショックだった。どうして、なぜと驚き、何か心の支えがなくなってしまうような心細さに襲われた。
 私の傍らにはいつも先生の著作があった。その中で教えられた多くの偉人、賢人から私自身どれだけ勇気を与えられてきたことか。
最近は「風の良寛」を繰り返し読んでいた。そこにある良寛の豊かな生き方を胸に、今、良寛ゆかりの土地を訪ね歩いている。
 先生は日本人の日本人らしさが失われていくことを嘆き、警鐘を鳴らし続けていた。毎日私の身近にいて、心の豊かさを求める人生を教えてくれた先生が逝ってしまった。残念でならない。
 尊敬してやまない先生に教えられ、再び兼行や西行を学び始めた。これからも心や魂を充実させるため、残された先生の著書から多くを学びたいと思っている。
(2004.8)