
長い冬に終りを告げる春彼岸の会津の風物詩、春の訪れを喜びあう会津の伝統行事だ。3体の獅子が笛と太鼓の音色に合わせ、美容院、寿司や、ラーメン屋の前で舞っていた。
古式ゆかしい舞をみながら、ほんとうの春の訪れを感じた。長い伝統があるこの舞いを、昔の庶民がどんな目で眺めていたのだろうか。
舞い終った獅子に、孫たちとの記念に写真をお願いした。
会津若松市内では、天寧・下居合・神指・北会津・小松などの獅子団がある。磐梯町、会津高田、西会津、喜多方市でも伝統の舞いが守られている。
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○ 会津彼岸獅子の歴史 (ネットより)
天喜四年(西暦1056年)前九年の役に源義家が安倍貞任を征討の際、士卒の戦死者を弔い、士気を鼓舞するため、従軍の兵卒に笛太鼓の勇壮な調子に合わせて舞をさせたのが起源で、当時は木彫の獅子頭をかぶって踊ったと言われています。
今でも木流村にある頭はその類であるが、現在のものは大体張子になりました。
今から約300年(天正二年・西暦1573年)前、会津一円に悪疫が流行し死者数知れぬ惨禍があった時に、主な社寺に獅子舞を奉納し平癒を祈願したところ次第に終息したと言う。
折しも春彼岸であったために彼岸獅子と呼ぶようになったと伝えられています。
寛永二十年(西暦1643年)に保科正之公が出羽の国「最上」(今の山形県)から会津藩主として移封された時、獅子を先頭にして若松城に入城し、大いに士気を鼓舞したと伝えられています。
また、戊辰の役(西暦1868年)のこと、日光口の総督「山川大蔵」が帰城する際、小松の獅子団を先頭に大楽団を組織し、威風堂々と銃列を敷く敵中を行進して城中に入るという話はあまりにも有名です。
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