エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

甥を見舞う

2011-09-14 | 日々の生活

                          

  先週末の3日間、甥を見舞いに信州へ行った。
9/8(木)
 高速道を約5時間かかって病院へ直行した。途中、妙高SAで昼休み、

妙高山

姨捨SAから長野市を望む

この前見舞ったのが6月中頃、しばらくぶりに見るKくんは笑顔で迎えてくれた。

リハビリに頑張るKくんが何より穏やかな表情だったので安堵した。

徐々に快方に向かっている、焦らずに頑張って欲しいと思う。

 妻の実家へ、安曇野から日没間際の常念岳が美しくそびえていた。

常念岳

9/9(金) 
 朝早く姉を訪ねた。毎日の病院通いは大変だろう。午後病院へ行くことにした。

午前中、妻と近くの《国営アルプスあづみの公園》へ行った。1度ゆっくり歩いてみたいと思っていた。

花に集まるチョウを撮りながら、公園内を散策した。運良く、フジバカマにアサギマダラが舞ってきた。とても撮影しやすいチョウだ。

何とも言えないたおやかな飛翔はすがすがしい高原の妖精といってもいいのではないだろうか。

 テーマ展示館は素晴らしかった。理科教室でチョウの標本や水槽を泳ぐヤマメ、信州サーモンなどを観察できた。

芸術教室では白樺のコースターに「磐梯山」を描いた。楽しいひとときを過ごした。

メスグロヒョウモン

ルリタテハ

クジャクチョウ

アサギマダラ

 信州そばに舌鼓を打って、2時ころ病院へ着いた。

リハビリの合間に、Kくん、義兄夫妻としばらく歓談した。一日も早い快方を願い、夕方妻の実家へ向かった。
 夕食前に、黄金にたわわに実った稲を見ながら、お墓参りに行った。
「元気でやっています。また来ます。」と、父、母に告げた。

9/10(土)
  帰りは折角来たのでと、上田へ出ることにした。
 滋野から地蔵峠を登り、実に40年ぶりに池の平湿原へ向かった。
 大病後、息子の車で妻の実家へ遊んだ折、卒業後初めて湯の丸高原へ立ち寄った。

 あのときは、嬬恋村から草津温泉へ向かう途中で、確か、救われた命を見つめていたころでもあり涙が出るほど嬉しかった。
  40年前は地蔵峠から2時間ほど歩いた覚えがある。今は車で湿原の駐車場まで行くことができた。
 数台来ているかっと想像したが、なんと駐車場は満杯だった。都会から手頃に来られる大自然なのだろう。
 湿原は昔のままに静かに佇んでいた。

 立派な木道をゆっくり歩いた。あちこち木道のいたを修理していた。

 三脚を持たなかったので、妻とのツーショットがなかった。標高2000mの「鏡池」の前で、思い切って横にいたハイカーにシャターをお願いした。

ベニヒカゲ

ベニヒカゲ

  所々リンドウが咲いていた。終わりかけたマツムシソウにこれまた翅が傷んだベニヒカゲが集まっていた。

 ベニヒカゲを見るのも40年ぶり、懐かしさが込み上げてきた。
 ヤナギランは既に綿毛を輝かせていた。もう行くことはないだろうかと思うと、急に切なくなってしまった。

 いくらも来ようと思えば来れる。今度はコマクサの咲くころに三方が峰へのぼってみたいと思った。

 同じ道を上田へ下った。高速に乗る前に、真田町と上田に二人の恩師を訪ねた。
 恩師たちは、顔を合わせたとたんに、原発の影響を心配してくださった。

いずれも突然の訪問で、しかも短い時間だったが、懐かしいお話しをすることが出来て、嬉しかった。

恩師の書斎に書がかけられていた。先生の書だと思われるが、先生の歩まれた道からの詩に心を打たれた。

  有意義な3日間だった。4時間余、暗くなった我が家へ無事戻った。

 翌日曜日、1日かかりで写真を整理し、信州の姉たち、恩師2人に礼状を認めた。

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