都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
都月満夫
本木辰夫、四十五歳、独身、一人暮らし、石油販売会社経理課長。今夜も残業である。
若い頃はガソリンスタンドに所属し、夜の街に、足繁く出歩いていた。
社内では夜の帝王と噂された。そのため、女性社員には見向きもされなかった。
その頃、人の気持ちは、徐々に高揚していた。でも、まだバブルがプクプクと湧き始めていることに、誰も気づいてはいない。
会社では、社員の飲み会が頻繁に行われていた。接待と云う営業活動が、当たり前のように行われだしていた。会社の経費を使い、接待と云う名の下に、お金が夜の街にばら撒かれた。会社の経費が、夜のネオンを一層輝かしていく。そして、接待族と云う名の営業マンが誕生した。経費の水増しで、自分の懐を温める族さえいる。右肩上がりの売上に隠れて、接待費は増え続けた。酒の飲めない営業マンにとっては、辛い時代であった。
接待され、赤い顔で威張り散らす狒狒爺。赤くなってご機嫌をとる猿。伝票を見て、青くなる猿。狒狒爺と一緒に威張る猿。そんな天狗猿と眼鏡猿たちの、金を目当てに、御無理御尤もと、接待する夜の蝶。それは、光に集まる薄汚い蛾の群となっていく。ちょび髭の俄か社長が、雨後の筍のように生まれていた。時代は確実に、バブルへ向かっていた。
本木は、そんなバブルの膨らみ始めた頃、彼女と出会ったのです。
二十歳の頃です。会社の飲み会で連れて行かれた、二次会でした。「バー紙風船」という、小さな飲み屋です。そこで、威勢のいい彼女と出会ったのです。本木は彼女の気っ風のよさに、惚れ惚れしたのです。
「何だと、この助平親父。飲み屋の女だからって、半可臭いこと喋ってんじゃないよ。客だと思ってチヤホヤしてやればその気になりやがって…。金であたしのパンツ脱がそうたって、そうはいかんべさ。金でパンツ脱がしたいんなら、ちょんの間の店へ行きな。飲み屋の女が、みんな金で転ぶと思ったら、大間違いだ!さっさと出ていけ、助平親父!」
助平親父が出て行くと、店内に拍手が起こった。常連の客たちである。
女は源氏名を「潤子」と云う。
それから一週間ほど経った頃、本木は「紙風船」を訪れた。
「あら…、又来たんだ。」
あの潤子が、本木を覚えていた。
「あんた、一週間ほど前、会社の人たちと来てた人だべさ。あんた、歳幾つ?」
「二十歳です。」
「ダメだよ、二十歳でこんな店に一人で来ちゃ。碌な人間になりゃしないよ。」
「まあ、ここはあたしが居るし、安いからいいけど、他の店に行っちゃダメだよ。」
「ハイ、分かりました。」
その日は、客が少ない夜だった。
「あんたの名前…、まだ聞いてなかったね。」
「本木です。本木辰夫。本屋の本に木と書いて本木、辰年生まれなので、辰夫です。」
「そんなに詳しく説明しなくても…。」
「すいません…。」
「辰年生まれで、辰夫か。昭和三十九年でしょ。だけど親も随分簡単な名前付けたね…。」
「いいじゃないですか…。そんなこと…。」
「あら、むきになって…、めんこいね。まだまだあんちゃだね。ところで、今夜は、どして一人で来たんだ?」
「いや~、ちょびっと恥ずかしいんだけど、こないだの、潤子さんのパンツの台詞が、あまりに気持ちよかったもんで…。」
「ああ、あれかい。あんなのは、当たり前だよ。最近は、勘違いしている狒狒爺が多すぎて、きもやけるよ。あたしらは、客の接待をして、楽しく、お酒を飲んでもらうのが商売なんだ。ちょっと金を持つと、誰でもモノにできると思ってる馬鹿たれが増えすぎたよ。ちょっと前までは、ちゃんと時間をかけて、口説いてくれたんだけどさ…。」
「そうですか…。潤子さんも口説かれたことがあるんですね…。」
「そりゃあ、そうだべさ~。こんないい女、口説かなかったら、男じゃないべさ。」
「へえ~。そんなに口説かれてるんだ。それで…、落とされたことは…?」
「あんたね、バカなんだか、素直なんだか知らないけど、はっきり聞くねぇ。そんなこと喋る女はいないよ。まともな女なら…。」
「じゃあ、落とされてはいないんですね。」
「だから、喋んないって、言ってるべさ!」
「はい、分かりました。落とされてはいないという事で…。あの…、こんなことを、聞いていいですか。潤子さんは、ボクとあまり年齢が違わないような気がしますが…。」
「バカ!ホステスだって女だよ。歳を聞くヤツがあるかい、本当に…。二十二歳だよ!」
「それじゃあ…、寅年ですか。随分若い時から、この商売をやってるんですよね。」
「そうだよ、十八からやってるんだ。近頃じゃあホステスの質も落ちたもんだよ。金があるって聞いて、すぐに転ぶ女がいるから、あたしたちまで、馬鹿にされるんだ。」
「あの…、ボク…、潤子さんと…。」
「何ごもくそ言ってんだ。ハッキリ喋んな。」
「潤子さん…、ボクとお付き合いをしていただけませんか?」
「えっ!何喋ってるんだよ。バカだね。口説く前に、口説いていいかって聞くヤツがあるかい。あたしは何て答えりゃいいんだよ。」
「すいません。口説くなんて…。お付き合いをして欲しいだけです。」
「何だよ、高校生みたいなこと言って…、ここが何処だか分かってるんだべさ。ホステスなんかと付き合っちゃダメだ。あんちゃ、ガソリンスタンドで真面目に働いてんだろ?だったら、素人の女と付き合いな。ホステスなんて、碌な女いないよ。」
「さっき、自分はまともなホステスだって喋ってましたよ。それと、女性に素人、玄人があるのですか?ボクはホステスと付き合うのではなく、潤子さんと付き合いたいのです。」
「なんだい、面倒臭いね。あたしは、ホステスなの。だから、あたしと付き合うと、ホステスと付き合ってるってことになるべさ。」
「だから、ホステスと云う職業の潤子さんと付き合えばいいんだべさ。ボクはスタンドマンの本木辰夫です。何処が…、駄目なんだべか…。潤子さんのことを、もっと、きちんと知りたいんですよ。それでいいべさ?」
「ママーッ、ちょっと助けてくださ~い!」
潤子は、ママに助けを求めた。しかし、悪い気がしていた訳ではない。あまりに真面目な、本木の態度に、どう対処していいか困ってしまったのである。真面目に対処している自分にも、戸惑っていた。
「ハイハイ、どうなすったんですか?」
ママは着物の襟元を直しながら、腰を振り振り、やって来た。
「さて、私はどの席に着けばいいのかな?」
「ママ、こっち、こっち…。」
潤子が慌てて、ママの袖を引っぱった。
「おやおや、百戦錬磨の潤子さんらしくもない、こんなあんちゃんにお手上げかい?」
「ママ、違うんです。この人が、訳のわかんない事を喋るんで、困ってるんです。」
「どんなことを…。」
ママは裁判長のように、二人の話を聞いていた。うーんと、腕組みをして、暫らく考えてこう言った。
「二人のことなんだから、二人で考えな。」
「ママ、そんな…、助けて下さい…。」
潤子は、もう泣きそうである。
「それじゃあ、私から二人に、なんぼか質問してもいいかい?」
「ハイッ!」
二人は同時に返事をした。
「おや、随分気が合うじゃないか。」
「ママ、冷やかさないで、真面目に…。」
「あんちゃん、あんたは…。」
「ママ、あんちゃんじゃなく、本木君です。」
「おやっ、そうかい。潤子も、その気がないでもないようだね。じゃあ本木君、あんたはどして、潤子と付き合いたいと思ったの…。もう一度あんたの口から喋っとくれよ。」
「はい。先週、会社の人と来たときの、潤子さんの、助平親父に言った台詞がスカーッとして…。青竹をスパッと縦に割った時、パチーンと飛沫が散ったような爽快さ。もう一目で参りました。あの人は、どんな人なんだべって、気になってしまって…。それで、今夜勇気を振り絞って、やって来たって訳です。」
「いいじゃないか。純粋に潤子が気になったんだろう。どうだい潤子、本木君には、パンツを脱がせようなんて下心は無いようだよ。」
「ママさん、そんなパンツを脱がせるとか、脱がせないの、問題じゃありませんから。ここです、胸の問題ですよ。」
「胸の問題?あんた、あたしのパンツではなくて、オッパイが目的だったのかい?」
「違いますよ。言い方を間違えました。心の問題、気持ちの問題ですから…。」
「ほらー、ママ、オッパイが目当てとか、ケツが目当てとか、はっきり喋ってくれりゃ、こっちも喋りやすいのに…。気持ちって…。」
「なんだい、潤子も案外、がんたれだね。嫌いなのかい、この本木ってあんちゃんが…。」
「嫌いか、好きかって聞かれたって…。」
「ああ、じれったいね。だから、本木君はお付き合いして欲しいって、言ってるんだろ。言っとくけどね、本木君、潤子は男嫌いで通ってるんだ。パンツの紐は固いよ。私が知ってる限り、お客さんと、出来たって話しは、聞いたことがないからねぇ。」
「どうして、あなた方は、最後にはパンツの話に持っていくんですか。」
「おや、本当にパンツを脱がせる気は無いのかい?それも、潤子としては、ちょっと微妙な感じになるね。女としては…。」
「うん…。」
こないだの、たいした元気は何処へいったのか、すっかり別人のような、潤子だった。
「潤子さん。潤子さんの本名を教えていただけますか?」
「半可臭いこと聞くんじゃないよ、本木君。本名なんて名乗れないから、この商売の女たちは、源氏名ってヤツを使うんだよ。」
「そんなこと知ってます。だけど、ボクは潤子さんの、本名を知りたいんです。」
「困った人だね。潤子の気持ちが、分かってきたよ。相手するのも、ゆるくないよ。」
「広末八重子…。柏高校卒業です。」
「広末八重子さん。柏高校卒業ですか。進学校じゃないですか。」
「おや、喋っちまったのかい、潤子。私のほうが、何だか混乱してきたよ。」
「ママさん。あなた方がパンツにこだわっているので、お答えします。」
「答えるってさ。潤子も、聞いときな…。」
「ボクが、潤子さんの本名を、知らなかったから、話がややこしくなったのです。ボクは潤子さんと付き合いたいのではないのです。」
「何だって…。さっきから散々、潤子と付き合いたいって、喋ってたべさ…。」
「話しを、最後まで聞いてください。ボクの付き合いたいのは、広末八重子さんと云う、職業が接待業の女性です。」
「分かったかい?潤子、接待業だってさ…。」
「うーん、何と無く…。」
「それで、パンツの話は…。」
「ママ、そう先を急がないで下さい。仮に八重子さんが…。」
「ああ、潤子がどうしたんだい。」
「待って下さい。僕は潤子さんではなく、八重子さんの話しをしているんです。ボクだって、男ですから、八重子さんのパンツに興味がないわけじゃありません。」
「よかったね、潤子。興味あるってさ。」
「ママさん、少し黙っててもらえるべか。」
「はい、はい。私は呼ばれて来たのに…。」
「八重子さんが、ボクと付き合って、ボクを好きになったとします。その逆もあります。ボクが八重子さんを嫌いになることです。だけどそれは、現時点で可能性が低いので、想定外とします。八重子さんが、ボクを嫌いだと言われれば、僕は諦めます。」
「どうなんだい、潤子。好きなのか、嫌いなのか、はっきり喋っちゃいなさいよ。」
「待ってください、僕の話は終わっていません。八重子さんとボクの交際が順調に進行したとします。後は極普通の展開です。ボクは八重子さんの手を握る。そして、キスをする仲になります。やがて二人は、男女の仲になる。それではいけませんか?」
「それじゃあ、脱がしたんだか、脱がされたんだか、はっきりしないべさ。ねえ、納得いかないよね、潤子。」
そんなこんなで、二人の付き合いが始まりました。
バブルは急激に膨れ上がり、夜の街は狒狒爺と、天狗猿、そして尻尾を振って付いて回る、眼鏡猿の群で溢れていきました。
潤子はそんな狒狒爺や天狗猿のことを、ハゲと呼んでいました。本木の伝票は、そのハゲたちのところへ回されます。
本木は一銭も払わず、潤子がハゲから巻き上げたチップで、閉店後を楽しんだのです。
そうそう、八重子はパンツに関しては、純真無垢な少女のように、臆病でした。
初ホテル入館の日は突然やってきました。「ホテル…、行こうか。」
ある夜、八重子が誘いました
「えっ、どうしたのさ、急に…。」
「だって、あたしたち、付き合ってるのに、辰夫だって、したいべさ。」
「そりゃ、したいけど…。」
「絶対に笑わないでね。笑ったり、驚いたりしたら、別れるから…。」
先ず、辰夫がシャワーを浴びました。その後、八重子がシャワーを浴びました。
「今、出て行くから、笑うんでないよ。」
そう言って、八重子が素っ裸でドアを開けました。見事な肢体です。白い肌に、程よい肉付き。申し分が無い裸体でした。上から視線を下ろしていくと、彼女は無毛症でした。
「笑わないの?あたし…、パイパンなのよ。」
「別に…。なまら綺麗だべさ。」
「あたし、高校の修学旅行で、お風呂に入って散々笑われたの。パイパンって…。それ以来、人前でパンツを脱げなくなって…。」
「でも…。それは、恥ずかしくないよ。日本人の偏見だ。欧米人は体毛が濃いので、年頃になると、皆陰毛を剃るんだ。女性の陰部は愛情交換に、なまら大事なんだ。男は唇でそこを愛撫するのさ。そして、欧米人は入浴をあまりしないべ。だから、雑菌繁殖防止の目的もあるのさ。日本男性には、最近までそこは、ただ挿入するだけの場所だったから…。
貝の上に裸婦が立ってる、ヴィーナスの誕生って絵、知ってるべ。アレだって陰毛は描いてない。ほかの有名画家の裸婦の絵だって…。君は素晴らしい身体で生まれたんだよ。」
二人が交際を始めて、二年が経っていた。本木は童貞で、八重子は処女であった。
「浴室から裸で出て来たのだから、パンツは脱がされていないし、脱いでもいない。」
未だに、八重子はそう喋って譲らない。
本木は、事務所の時計を見上げた。
「ああ、もう九時過ぎか…。桜の時季なのに、花冷えか…。八重ちゃん酒場に、おでん食いに行くか…。八重ちゃんの玉子、美味いからな…。八重子も寅年の強情張りだし…。悔しいけど、辰年のオレから、今夜…、話を切り出すか…。」