年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

なぜ日本にキリスト教は広まらないのか

2021年08月23日 | 宅老のグチ
福神漬のいろいろな文献を読んでるとキリスト教系の人物の文献が良く出てくる。
なぜ日本にキリスト教は広まらないのか -近代日本とキリスト教- 
古屋 安雄著

日本の教会は葬式のような儀式だ。 他国のキリスト教信者から見て

植村正久の言葉 演技的な武士道の影響があった。

日本の明治以降の知識階級に入ったため、停滞した。人口の10%の信者を獲得しないと影響が出ない。
日本のプロテスタント信者から出た作家は若いときに入信し、しかしほとんど離教や捨教している。しかし戦後のカトリック作家は入信して最後まで信仰を守っている。

日本でのチャ-チが初期には公会と呼んでいたがこれも教える会-教会となった。知識階級は教えることが好きだが優しく教えると深いと感じられず、説教が難しくなった。すると教会が学校のようになって、卒業すると教会に来なくなるという。平均的なキリスト教信仰寿命は2年8ケ月という。日本には卒業信者・中退信者という世界にはない言葉がある。

日本に近代化と共に入ってきたキリスト教に最初に入信したのが、地方の地主・豪農・および佐幕派、つまり徳川幕府とその親藩の下級武士だった。
 地方の豪農でいち早く入信した若者が進歩的な青年で明治憲法まで続く、地方の自由民権運動の担い手だった。
 日本近代キリスト教の精神を形成したのが佐幕派の下級武士だった。彼らは薩長の人と違って立身出世の可能性が低いのでキリスト教に精神基盤を見つけた。
 日本の近代キリスト教の発祥地として挙げられる横浜・熊本・札幌はアメリカ人宣教師たちの学校で彼らから蘭学から英語を学ぶうちにキリスト教信者となった。
 ここに日本と韓国へキリスト教が入った歴史が異なり、今の日本の信者数の低迷の原因でもあるという。日本の教会は神社参拝を国民の儀礼のゆえに認めたのに対し、韓国の教会は偶像崇拝とし、戦前には軍国日本の統治で多くの殉教者がでた。

 多くの組織で伸びないところは内部の対立があるところである。キリスト教も1970年の大阪万博で万博キリスト教館建設の是非で対立した。

 なんだか納得した。


コメント
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