年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

中国商人を中国検索システムの百度で検索すると、自動翻訳で中国ギャングと日本語翻訳されて

2022年03月05日 | 宅老のグチ
中国の大河ドラマを見ていて、清朝末期の女性商人の物語を日本のBSで見ていた。漬物業界界の付き合う中国華僑は福建とかの人が多く、特に台湾経由の中国華僑と付き合っていることが多い。

中国人も知りたがる中国商人の話 范 勇著  趙 徳慶訳 1997年 出版は古いが清朝時代の中国商人の話で今でも気風が残ると思える。

ネットでは中国商人は十大商人と言われ、それぞれの郷里の特色を生かして地位を築いているようだ。メンツ・誠実・信用を重んじるのが共通のようだ。だがこの信用という言葉が日本人の考える信用と少し異なっているようだ。どちらかと言えば三国志の(桃園の誓い)に似ていると感じる。
 日本では3尺流れれば水清しという感覚が一部にあるが、中国の古代の歴史を見ていると、今のロシアのような態度で屈服して従うか、死を招く抗戦に走るしかない。日本だと会津戦争と思われる。それでも多くの農民は会津にいた。下北半島で苦労したのは会津の武士層で西南戦争では東京警視庁隊とし、接近戦に強い抜刀隊で田原坂を突破した。会津の人たちが警察系に勤める人が多いと感じる。
 中国社会の底辺は明清時代から続く商人(ギャング)的連帯があるようだが、今は既存の考えを超える速さで進んでいて、良いとなれば日本の根回しもなく進みが早い。DXの時代はコツコツより多数派に先になるしかないというようだ。ちょっと前は規制の法律のない時期だった。

 パラオリンピックが始まっても、ウクライナで話題が消える。中国のメンツが壊れ、戦争障碍者を増やしている。戦争とは巨大な浪費で、また遺恨が残る。

中国では、「学者、農民、産業、商業」ということわざがありました。商人は最も劣った職業であると考えられていました.
日本史の士農工商と似ていますが、日本の身分制度には商の下の身分を消しています。そこには普通は非人の世界です。明治の始まりの時は新聞記者とか歌舞伎役者も非人と見なされている時期もありました。取材した記事を元にして金銭を要求するゆすり・たかり・捏造もあったようでした。

中国商人の1位に-王海


河南省商丘出身の王海(1800年代)は、商丘の商人、商品貿易の創設者、商丘で生産を開発するために牛と馬を飼いならし、商品を配送するなど。多くの商売の前例を作りました。王海は取引において正直の原則を堅持し、平等な取引は部族の間で評判を残しました。王海の部族は商人の部族として知られているので、貿易活動を行う人々は商人と呼ばれ、交換に使用される物資は「商品」と呼ばれ、この職業は「商業」と呼ばれます。(何か嘘っぽいのだが)




コメント
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