年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

小学校の映画の感想

2024年12月29日 | 宅老のグチ
銀座で小学校-それは小さな世界-という映画をみた。
 最初の見る動機は叔父が昭和18年9月末に、小学校の赴任先の辞令があって、しかし勤めることが出来なかった。もし戦時中の小学校に教師となって行っていたらどうなったのだろうか。戦前の皇国史観・軍国史観・鬼畜米英教育を否定した戦後教育に戦前の教育の80年も経って残影が残っているのではないかと思っていた。今の日本人に一番欠けている自分で考える思考がまだ不足していて、検索上位が作為的プログラムであたかもそれが多数の意見のような結果となっている。これを見破るには時間と不可抗力の事象で、天災によって不都合な真実が暴かれる。
映画を観ていて、旧軍隊の残影を見た。これは先日訪問した埼玉県桶川市の陸軍飛行学校の今の姿とも見える。設備はいまの方が良いが基本の心は人に迷惑をかけない同調心。叔父はこれで仲間4人と上官の命令で特攻死し、さらに郷里で一時は英霊となり、8月16日には無駄死にと言われ、さらに繰り上げ卒業した師範学校にも叔父の特攻本の受けとりも否定された。雰囲気としては腫れ物に触りたくないという気持ちが感じる。学校というのは結果責任がいつも問われ、良い人だけでなく不都合な卒業生も生まれる。
 この映画を観ていると、小学校の先生の採用倍率が下がる原因が解ると思う。
 靴箱の並びの検査は軍隊の思考の名残。軍隊で上官が新兵を殴る動機は世間と軍隊は違うという危機感を持たせることで合法化され、今でも日本のスポ―ツで先輩のいじめが容認されている。

 日本の近代の用兵法は高野長英(オランダ)赤松小三郎(イギリス)等の軍事用語の翻訳書から伝わる。個人の戦闘から集団で戦う用兵法が翻訳書で伝わる。今は坂本龍馬の方が有名だが発想では赤松小三郎の方が早く、竜馬のパクリと維新後の土佐藩が薩長政権から外され、文筆で竜馬の活躍を描くことで土佐の意地を表明している。薩摩の中村半次郎等に暗殺されなかったら赤松小三郎はもう少し有名だったかもしれない。

日本では1847年(弘化4年)に高野長英がオランダの兵学書「Taktiek der drie wapens」を翻訳し、『三兵答古知幾(さんぺいタクチーキ)』として紹介している。
 三兵とは砲兵・騎兵・歩兵のことでその運用で整列とかの仕組みと用語が出来た。靴箱の整理整頓は軍隊の名残。前にならえという言葉は長野県上田市出身の赤松小三郎の翻訳本から来ていて、それを指導していた薩摩藩の人に小三郎が暗殺された。暗殺者は薩摩藩の中村半次郎等。


 
コメント
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