透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

リアルな大人の恋

2007-03-21 | A 読書日記



● 主人公の斎藤慈雨は42歳、独身。友人と花屋を経営している。恋の相手は北村栄、慈雨と同い年。予備校講師、バツイチ。

「衣久ちゃんの思う大人の恋ってどういうの?」と慈雨は姪の衣久子に訊く。
「うーん、バーのカウンターとかで二人でカクテルとか飲んでー、あ、音楽はジャズ?」「女の方は、絶対、ピンヒールのパンプスとかミュールでー、男は、やっぱスーツ(後略)」「それでさー、そういう時に別の客が入って来て、やっぱカウンターに座るの。それは、二人のどちらかの昔の恋人なんだよ。でも、全員、何事もなかったかのように、知らない振りをするの。で、二人のどちらかは、帰る時に相手に気付かれないように、昔の恋人に片目をつぶって見せるの・・・・・きゃー、なんか映画っぽーい」

こんな大人の恋に対するステレオタイプなイメージとは無縁な、ある意味何もない日常の生活が描かれている(下線部分も本文から引用)。舞台も青山や六本木ではなく、吉祥寺や西荻窪など生活感の漂う中央線の街。

「いいねえ、風鈴、栄くんちの軒下にも下げようよ」
「うん、どんなのにしようか」
二人の会話はこんな調子、年を取りそこねた男と女とも思えるが、案外リアルな大人の恋の世界なのかも知れない。この二人にはスポットライトは似合わない。柔らかな光の中の二人が紡ぐ大人の恋。

この小説には恋愛小説21編が引用されている。最後は壺井「」の「あたたかい右の手」 調べてみるとこの小説の主人公の名前も「慈雨」。詠美さんは登場人物の名前をここから採ったのだろう。

『無銭優雅』山田詠美/幻冬舎