春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

壮大な府中名主「内藤家敷」

2006-03-25 08:44:00 | 歴史に向き合う

寒さと温かさと交互にやってくる春の陽気の中、今年始めての会の旅巡りが行われた。
甲州街道筋には激しく車が行き交う交通要路の隣り合わせに幕末当時のお屋敷姿など貴重な文化遺産がそのまま残されている。
そんな街道筋に散在する歴史史跡を楽しく廻ろうと、ご覧のようなバスに満載で、老若男女32名の団体の混じって多摩の甲州路を走り巡った。
写真はその中の代表的な一つ旧甲州街道に面する内藤家の冠木門である。門柱は欅の1尺5寸、重厚な門構えである。
噂には聞いていたが、激しく車が往来する旧道に毅然と建つ門構えの姿に思わず感動する。
此れ程立派な門をしっかりした形で保存された姿は他に見た事もない。
内藤家は府中でも有名な江戸時代からの名主である。
数代前(200年以上前でしょうか)に蔵に火をつけた男がいて、古文書類は全て焼けてしまい、何も残っていないとのこと。
敷地面積がなんと約三千坪もあり、建て坪、約二百坪弱の現在の家屋は、約八年の歳月を要して建てられたとのことかつては庭に大きな池があったそうで、そこを船で遊覧した言うから、信じられない程の規模の大きさに驚かされる。
舟に使われた櫂が玄関横に吊るされてあることが、その当時の面影を僅かに物語っている。
そばにある大きな釜は、昔、醤油を作らせていたものだそうで、その敷地の中で生活の総てが賄える、営みが行われていたのだろうか、単に規模の大きさだけではなかったようだ。
しかし、現代までこれだけの敷地と屋敷を守っていくには、一体どれほどの費用がかかるのか、考えるだけ気の遠くなる、現代の奇跡で思わずため息がでる。
矢保天満宮の向かい側の本田家も医者、書画、漢学者と続いた名主さんで、その家は350年も前に建てられたものである。裏側から敷地に入ったが、その果てし無く続く、外壁伝いに驚愕した。
調布を起点に、神社仏閣やこうした旧家まで見学し、最後はサントリービールの工場で丹沢山系の原水としたビールに喉を潤し旅の最後を締めくくった。


日本中が沸いた

2006-03-22 10:13:00 | スポーツ観戦

折しも休日・祭日と飛び石ではあったが、WBCで思わず決勝まで進み、何処の家でもTVの前で貼り付け状態になってしまった。
アメリカ贔屓の作為的な誤審に腹を立て、燐国韓国に屈辱的な連敗にもうこれでお祭は誰しも終わったと思ったが、よもやの準決勝進出に、一度死にかけた固まりが蘇り、あれよあれよと言う間にトップを上り詰めてしまった。
誰も予想できない物語は此処に劇的なドラマの終末に最後まで沸いた。
決勝戦では打ちも打ったが、終末にポロポロ連続して出たエラーが、百戦錬磨でくぐり抜けてきたの選手達でも異常なまでに追い詰められた緊張状態を物語るものであった。
影像を通じて見る方にも物凄いプレッシャーが画面を通して伝わって来る所に久し振りにゾクゾクするスポーツ観戦の醍醐味を味わう事が出来た。
スターを揃えた巨大な軍団を蟻が食うがごとく、倒して行く様はチームプレーの大切さを思い知らされる様であったが、この仲間同志の絆が、この美酒を勝ち取る大きな力になっているのであろうか。
大会を通じて、沢山のヒーローが出たがそれ以上に支えたのは急遽かき集められた選手のチームの結束力と思える。
勝利のインタビュウーで誰しも、口に出るのがこのドリームチームが大会終了と共に解体されてしまう寂しい思いを伝えていることに、なんとなく共感を覚えた。
3敗しても棚ぼた式優勝、強いのは俺達だなんて、やっかみ半分で燐国からまた皮肉なことを色々言われようが、これがルールで結果がすべてである。
参加することの意義だけで大量の人員を送り出し、散々の出来であった冬季オリンピックの姿に日本の弱さばかりが目立ったが、そんな惨めな日本の背景もあって、この出来事はいや~な事実を払拭してくれた。
久しぶりにスポーツを通じてナショナルリズムに火をつけ、日本中が熱くなった1日でもあった。
やや人気に陰りを見せた野球に光を見いだせるのか、色々話題を巻いたWBCも終わった。

立川中華街にて

2006-03-18 07:14:00 | 美味い!!

先日、申請したパスポート1週間で受領出来る。今回は本人確認だけなので、受付窓口に行けば直ぐ貰える。本人確認の大事な証の一つである受付確認のはがきと収入印紙を張った書類を提出、念のため生年月日を確認しパスポートを貰う。
早速中身確認、手配写真の様なリアルな己の姿に、「随分くたびれてるなあ~」と思わず悄然とする。
さ~て七面道な手続きは終わったので、立川で食事をしていこうと言う事になり立川中華街へ向かう。
駅に立ち並ぶ駅ビルの一角に中華街がある。ご覧の様な武将が出迎えてくれる。北京、上海、天津etcの看板にどれが良いか店の前をウロウロしたが、此れと言った脈略もないまま、行き当たりばったりで某店に飛び込む。
「何を食べる?」値段もそこそこ、普段お目にかかれない、"ペキンダック"の出会いに期待をかけた。
所が、中々出て来ない、直ぐ出てきた生ビールも既に空になってしまった。きっと手塩をかけて、焼き上がりの絶品がくるものと待たされる一方で期待感は募る。
やっと出てくる、大きな皿に野菜の刻みと包み皮の一角にの2cm四方の薄いダック皮一片が他の具材に埋もれて隠れるようにあった。
確かに紛れもないダックであったが、なんともこの小さな薄い小片に、目を疑った。ほんの一口、ミニミニダックに騙された。(笑い)
このままではなんとも貧相、気を取り直して、餃子を追加注文し、何とか腹の方は納まった。しかし、もう此処には二度と来ないぞと、誓って店を出た。
コストバランスはこんなものと改めて、再認識したが、とんだ外食であった。

ようこそ松崎家の世界へ

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