春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

益々遠のく「北方領土」

2016-12-17 11:50:00 | 北海道旅行
大々的な前宣伝、期待感に乗って、プーチンがやってきたが
我々国民が沸くような結果も残さず、あっと言う間に帰ってし
まった。
某首相は協議に入る前に旧島民を前に、私の手で解決の道筋を
つけますと、力強く豪語していたが・・・・。
終わってみたら、独りよがり、肝心の領土の話は進まず、未来
思考とか色々の言葉を並べるが、言い訳にしか聞こえ、何も得
るものはなかった。
問題の難しさを改めて認められたが、相変わらずの強弁だけは
闊達であった。

旧ソ連軍が一方的にエトロフに侵攻し、着の身着のまま追われ
てしまった。
島の墓には身内が眠る。「何とか島に戻って暮らし、自分も骨
を埋めたい」と言う元島民の叫びも、打ち砕かれた。
数カ月前、北方に一番近い、根室半島の納沙布岬に行ってみた。
前回、行った時の納沙布岬は強い風と共に猛烈な濃霧で、総て
が隠れてしまった。
今は撤去されてしまったが、灯台の近くで、体前身に響きわた
る霧笛が前触れも無く鳴り出し、驚きと共にあの音が何時まで
も、記憶に留まる。
当地での悲痛な叫び声が、低い唸り音で、旧島民の願いを訴え
ているようであった。
今年は異例の道内3つの台風の洗礼を浴び、周辺に甚大な被害
の爪痕を残したが、その台風の後、幸運にも快晴の天候に恵
まれ、視界良好であった。

納沙布岬は珸瑤瑁(ごようまい)水道を挟んだ海の向こうには
現在ロシア連邦の支配が続いている歯舞 群島がありその歯舞
群島の貝殻島まではわずか3.7kmの距離にある。
日本の固有領土を目の前の手の届く所にありながら、ロシア側
が占拠し、既得権から中々帰ってこない。今回もまた、したた
かさは揺るがず、日本の期待は打ち砕かれ、一行に先の見えな
い ままである。
その北方領土を目の前に北方領土返還要求運動の原点の地で
国土返還の想いを深め、国民レベルでの理解を広めようとす
る施設の『北方館』に行ってみる。
2階のガラス張りの開放的な空間は海側に向き合い、広角度で
北方領土を眺望できる。
眺望が効く場所にテレビ望遠鏡が複数台、設置されている。
望遠鏡に一体化されたモニターがあり、左右に把手が付い
ており、上下、左右に望遠鏡の先の位置を操作できる。
更に画像の大小を操作出来る、先進的な機能を備え、リアル
に望遠出来る。
そんな敏感な望遠鏡を操り、大きな画像で、ベールに包まれ
た世界が、手に届く。

貝殻灯台が捉えられた 。

納沙布岬の僅か3.7㎞の先は泳いでも渡れそうな所がロシア領
の貝殻島でその狭い海域に国境線が走っている。
現在はロシア経済水域になっているが、かっては日本の手で
昭和11年に建設された岩礁の近海航路標識である。
既に手の届かない所に半ば放置され、若干斜めに傾斜、
コンクリートの外壁が斑模様、頂部の鉄材を含め、風化に
晒され灯台の姿は何とも哀れを留めている。
狭い海峡は絶好な水産の宝庫と言われが、行く手を阻む岩礁
と、一方では厳しい国境の監視下に、拿捕もあったようである。
領土は一歩も譲らないロシアの姿勢が一貫しており、益々遠
のいてしまった。


また消えるJR北海道路線

2016-12-06 20:31:00 | 北海道旅行

2016年12月4日、JR北海道でまた 一つ路線が消えた。
滅びゆく廃線に道内歯止めがかからず、正に櫛の歯が抜けるように、どんどん廃線が拡がっていく。
故高倉健さんの映画「駅 STATION」の舞台になった終点の増毛駅は、かってはニシン漁で栄え増毛町を支えた。ニシンのお蔭でニシン御殿まで生まれたが、北海道では100万tの魚穫が5万tに激減し、ニシン漁にかけた人々も去っていった。
故高倉健さん絡みで言えば、健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」のロケ地となった幾寅駅(南富良野町)も、健さんの大事な聖地である。
「鉄道員(ぽっぽ屋)」は北海道の鉄道が廃線となる典型的な事例をモデルに小説化された浅田次郎作品の一つである。1999年 高倉健が主役で映画化され、幌舞駅(ほろまいえき)の駅長で最後の鉄路を守りながら消え去っていく姿は見るものに、涙腺をゆるめ、感動を与え人気を博した。
しかし同路線も8月末の台風被害で運休中のJR根室線新得-東鹿越間の復旧工事を見送る意向を、沿線の北海道南富良野町に伝えた。この区間はJR北が同社単独では「維持困難」と公表した赤字の線区に含まれ、再び列車の雄姿を見ることなく、このまま廃線となる可能性が濃厚とな
った。

その幾寅駅の駅務屋に飾られた、骨っぽいポッポ屋の健さんや初々しい広末涼子の姿の写真。
偶然にもジーゼル車が幾寅駅へ入線する姿を捉えることが出来たのは、記憶の中に鮮明に残っているが、もうあれから10年近く経っていた。
台風に運休したが、復旧工事もなく、路線は自然の中に、そのまま埋もれてしまうのであろうか、「鉄道員(ぽっぽ屋)」のストーリが、そのまま予言する通り、終焉を迎えることは、実に寂しい。

時間の経過に駅舎やロケ風景も、かなり風化しているようであるが、ジーゼルが走る当時の姿は以下で掲載されている。
ポッポ屋


ようこそ松崎家の世界へ

http://mzk.on.coocan.jp/