春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

知床羅臼にて厳粛な朝を

2006-11-29 21:24:00 | 北海道旅行

さーて此処は北海道、知床の羅臼で朝を迎えた幻想的な日の出写真である。
ご覧の通り、波一つ無く、べた凪状態である。
写真の撮影位置は知床の羅臼で根室海峡を越えて対岸は国後島である。
雲間からお天道さんが徐々に顔を出し、正に周辺が明るくなる前の、一日の始まりを告げる、荘重な儀式である。
その雲の下では厚いベールに包まれたロシア領でこちらと同じように市民が営み生活をしているのである。
対岸まで僅か数10キロの距離にも関わらず、終戦間際に占拠され、近くて遠い存在になってしまった。
海峡は知床と国後に挟まれている、地形から、波も無く穏やかな海面になっているが海は深く、好漁場になっている。
その魚群を追った大小織り交ぜた漁船が群れなして港に帰ってくる。
その豊かな漁場を前にして、新鮮な海産物が近くの漁業市場を通して 宿屋の食前を賑わし、贅を尽くした魚料理にありつく事が出来る。
9月に旅行では、知床半島を挟んで西側のウトロで一泊、翌日は知床越えで東側の羅臼で一泊、連日の魚料理に旅の醍醐味をたっぷり味わった。
羅臼ではタラバガニ、毛ガニで食を究め、寡黙なまま、目の前の御馳走に食らいついた。
そんな旅が昨日のように思い起こされるが、その間周回したコースに佐呂間町で大きな犠牲を生んだ竜巻が発生したり、知床やオホーツク海沿岸で大量なサンマが打ち上げられる、何か因縁めいた異変が発生し驚いた。
険しい知床峠越えも、降雪により今や閉鎖されてしまったようだ。
そんな事を思い出しながら、旅記事を纏めて見た。
道東の旅 Part-2

マンドリンの響きに心酔

2006-11-22 06:01:00 | 舞台・ライブ

紅葉も徐々に色づき更けゆく秋から、初冬への装いへ慌ただしく駆けめぐる。
そんな秋の一日、毎年の恒例行事として、立川マンドリンクラブから定期演奏会の案内を頂く。
演奏場所は立川市民会館であったが、ここ数年東大和の市民会館に変わってしまい、道不案内交通の便から、ついついさぼってしまったが、はじめてこの東大和のハミングホールに行ってみた。
会場前では既に行列、団塊の世代から、既に現役を退いた白髪組のオジサン、オバサン族の群れに混じって、開館前までの時間をならび、ほぼ中央の好位置の座席を確保できた。
暗いステージから、徐々に照明でライトアップされたマンドリンクラブの皆さんが、清楚な制服で統一された衣装で眩しく、ステージ一杯に現れる。
中央から左の部分は1stマンドリン、2ndマンドリン他マンドリン楽器のパートで右半分はギターで一番最後尾はコントラバスやパーカッションで固められ40数名の大演奏が目の前で始まる。
団員の構成はマンドリンは大半が女性、ギターは男性と固められているが、手にした楽器の持つ音色、特性から取りつかれた一つの傾向か、面白い。
この、目の前の大規模な構成から、マンドリンの持つ繊細な響きとギターの持つ、広い音域の響きが、見事に合成され、弦楽器のしなやかな響きに、幻想的な世界に運んでくれる。
中々この響きを言葉に言い表すのは難しいが、マンドリン・ギターを弾きながら、自分の音に酔いしれ、心酔される姿に生の音楽ならではの臨場感がたっぷり伝わってくる。
アナログからデジタルへ、スピーカや、イヤーホーンから増幅、加工された音楽も手軽に場所を選ばず手軽に何処でも聞けるようになった世界に、弦楽器の生の音はまた新鮮で音の原点に立ち返った感じさえする。
演奏会は世界視野で駆けめぐっているが今回はイタリア紀行編で「ベニスの一日」「英雄葬送曲」のクラシックから、イタリアを舞台に一時代を風靡したキャサリンヘップバーンの「旅情」など映画音楽など懐かしさを演出してくれた。
「心頭滅却」薄く目を閉じ、耳から入る旋律に気分はベニスの世界に運んでくれる。
蛇足ながら隣席のおやじ、始まるや否や完璧に寝ていたが、果たして子守歌になってしまったのであろうか(笑い)
2時間弱の演奏も、あっと言う間に終わってしまった。
マンドリンの持つ心地よい響きを耳に残しながら、会場を後に、まさに癒しの一時でもあった。

感動・秘境クルージング

2006-11-19 10:11:00 | 北海道旅行

世界遺産登録で観光客250万人と前年より1割増えたと言われる知床は人気の観光スポットである。
知床半島は過去にも訪れているが、何れも知床五湖とウトロと羅臼間の半島の東西で結ぶ知床峠越え程度である。
陸伝いに限られた道、観光地などから、僅かな範囲で知床を覗いただけである。
今回は半島を周回するクルージング船に乗って海から、大自然の風を思い切り体で浴びてダイナミック海旅を楽しみ、神秘な知床の世界を海上から、伺った。
そのクルージングも期間限定で10月を持って閉鎖し、流氷の訪れる1月下旬頃からの流氷クルージングにバトンタッチされる。
チョット時間が経ってしまったが、海から秘境たる半島の世界を覗いた結果をサイトアップしてみた。
写真の通り、乗客全員、まっ黄色のちゃんちゃんこ(ライフジャケット)を着せられ、船の人になる。
20ノットの高速で疾走し、時にはこの飛沫の洗礼を浴びながら、ウトロ港から半島先端の知床岬までを3時間で周回する。
海岸線は大半が高さ100数十mに渡る切り立つ断崖に覆われ、人をも寄せつけぬ要塞が自然とベールに包まれた秘境の世界である事が判る。
中でも知床の創成を物語る火山群と長い間の波の浸食で生れた幾多の奇岩が生れ、犬、象、鷲、蛸メガネ等々ユーモラスな姿で迎えられ楽しましてくれる。
取り分け、ウトロの港にそびえ立つゴジラの姿には見事な成り立ちに驚き圧巻である。
「うわ~熊だ」「どれどれ、何処?」「あの波打ち際に」「見える見える」
熊一点に集中し、船内はどよめきと歓声に沸き返る。
周辺は鮭の豊漁地域でもあり、生れた川に戻る故郷回帰からルシャ湾から川に遡上する鮭が群生する。
その鮭を追ってヒグマが川口に現れ、魚影を追いながら手掴みで捕獲するありのままの自然の成り行き、姿を船上から見ることができる。
そこには全く、人間が介在しない所で、ヒグマ達が自然の中で営む姿に、感動が生れる。
これが列島全土を人里に降りてきて、人を襲撃し、食べ物を食い荒らすあの恐ろしいヒグマなのか自由に振る舞う姿が焼きついている。
世界遺産の表情を以下でアップした。
知床半島クルージング

地上15mの挑戦

2006-11-15 11:36:32 | アマチュア無線

地上15m,4階建ての屋根に相当する高所でたかが40ミリ程のマスト1本に、命綱を頼りに、空中遊泳する。
タワーの途中の踊り場でも12mの所で張りつく強力な助っ人は、屋根上に居る助っ人と合わせ、当日、無理お願いしてローカルの友人である。
風が無くても、呼吸しただけでマストが揺れる様な感じがする。
僅かな金具に足をかけ、マストに命綱を巻き付ければ、体は預けられ、フリーハンドになれるが、チョット揺れるとマストにしがみ付いてしまう。
突如起きた、素人の危ない高所作業に、遥か地上からハラハラしながら見上げる住民の姿が高所から見える。
見上げただけでも、足すくみ、怖い高所に、勇気を出して取りついた。
8月に上級アマ試験を受け、資格取得。この11月にようやく、上級ライセンスで認められた新たなバンドの割当を管轄の総務省関東通信局から許可を貰った。
上からお許しを頂いた、頂き物は唯一上級資格が許されるバンドであり、一種のステータスでもあった。
早速、具体化する為に設備の見直しとして、このような難儀な空中線の闘いがある。
所詮趣味とはいえ資格取得の為の知力、技術経験、そして空中線に取りつく体力と高所へも挑む勇気が課せられる。
たかが、無線を使った、電話ゴッコ。インターネットを基盤としたデジタル情報化時代に労を要せず、全世界に繋がるのに、何故そこまでして走るのであろうか、奇異に感じるかもしれない。
こうしたアンテナ設備の手作りの楽しみと太陽黒点活動など、地球規模の空の変化に身を置き電波を通じて実体験出来る奥の深さと思われる。
もとより無事にアンテナ取り替えは終わったが、暫くは足腕の筋肉が痛い。

七五三のお祝い

2006-11-12 11:56:00 | 家族の絆

孫娘がもう、七五三へ
式の前日、翌日が快晴なのに、当日は可哀相に終日雨であった。
誕生の日も台風を迎え撃ち、雨であったが、雨に因縁めいたものが付いてまわる。
横浜、桜木町の山側、伊勢山皇太神宮に向かう。
「ジイジイ綺麗でしょう!!」真っ赤な着物に着飾り、晴れてこの日を迎え、一丁前に、大事な儀式を迎えることを薄々判っている様だ。
式が始まる待ち時間、併設される結婚式場もある会館のロビーで、カメラ目線を意識しながら晴れ姿を撮りまくる。
でも、何時もやんちゃな孫娘も着飾った着物と草履履きに、流石窮屈になり、激しく動きまくり、折角の写真ポーズも中々難しく成った。
定刻前、玉石が敷きつめられた社殿に出るが、幸運にも雲間が切れ、先程の雨が上がっていた。何処も着飾った七五三の主役に両親とそのジジババが一つの固まりとして、群れなし出番待の集団にごった返していた。
10組、単位で祭壇に飾られた式場に誘導される、みこさんの御祓い、神主のぎょうぎょうしい、姿に身の危険を感じたのか、肝心かなめの荘重な式の前で、怖いようと、大声で泣き出してしまう、それに引きずられ、隣接する子も引きずられてしまう、大パニックになる。
厳かな社殿に一人背を向け、取りつく暇もなく一時も離れたかったようだが、何とか無事に御祓いは終わった。
場所を変え、ランドマーク60階で食事、着物から洋服に着替え、重い衣装から解かれた解放感から、先程の泣き顔はどこえやら、ご機嫌モードに戻った。
踊り、歌の振る舞いサービスに普段着の逞しい姿に戻っていた。

ようこそ松崎家の世界へ

http://mzk.on.coocan.jp/