春夏秋冬ライフ

四季の変化に向き合い、目の前に起きる様々な出来事を目の丈で追ってみた。

消え去る隣接家屋

2015-07-28 21:22:00 | 多摩の四季

近くに専用軌道があり、東西にJR中央線が走る。
住宅地の先に見えるのが多摩丘陵で高台の稜線が繋がっている
のが見える。
中央線の東側は多摩平に抜ける崖があり、切通で貫通されている。
この崖を登る坂でバイパスに繋がる。
従って坂以外の道は行く手を阻まれ、行き止まりになり、車の往
来が少ない。
窓を開けると夏場は電車の騒音がもろに、飛び込んで、気になる
が、間欠的で馴れてしまう。
都心に住まい、JR中央線の立川以西の多摩の世界は遥か遠い空間
であったが、会社の事業所に近いと言うこともあって、居ついて
しまった。
我が家を挟んで線路の反対側、多摩平に抜ける崖に湧水が生まれ、
その流路沿いが、自然のオアシスとなり、一年を透して変わらぬ
水温から、冷気にちびさん達の格好の水場になっている。自然が
手の届くところにありそんな自然環境もあり、住めば都である。
当地に住んでン十年、恵まれた環境に子供達も、育ち、家族ぐる
みお付き合いも自然に生まれた。年が経ち、その子供たちも巣立
っていった。
核家族化から、それぞれ巣立っていった世代も、新たな世界で、
生活が生まれ、再び、当地に土地に戻る機運もなく、廻りを見る
と残された老夫婦が、古い建屋を維持しつつ、悠々の世界を何と
か送っている

<未だ画像も生生しく、解体された隣接の家屋>

道を隔てた隣家も、老夫婦の世界であったが、向こう三軒両隣で、
そこそこお付き合いが自然に生まれた。
ご主人はオーデイオに凝り、秋葉原まで通い、部品を買い集め
エレクトロニクスに凝っていた。
一方では、自らギター、エレクトーン、ピアノを奏でられ、多
趣味のご主人であった。その秀逸な演奏振りは、道を隔てて自然
と耳に入り、爽やかな空気に和まされた。
奥様はお主人にも負けず劣らず、ギター、花他、旅行など多趣味
で幅広い交遊関係から、来客も多く、邸宅からは人の賑わいも絶
えることはなかった。

既に嫁いだ我が家の娘も小学校時代に、2階にお邪魔し、立派な
エレクトーンを前に弾かせて貰いダイナッミックな音に魅せられ
た思い出もある。
手入れの行き届いた植木と、四季を告げる梅、桃など見事な咲き
具合が奥様の自慢でもあった。
そんな御夫婦も高齢化からご主人が亡くなり、仲良し夫婦に、支
えを失い3年後、奥様も跡を追った。

既に、予知をされたのか、奥様は隣近所の絆を大切に、それぞれ
の隣近所に感謝の気持ちを認め、そっと準備されていた気遣いが、
メッセージとして残された。
因みに輩のことは背の高い植え込みの梅の木を手が届かないので、
毎年その時期になると、枝落としの お手伝いしたことの感謝が、
伝えられ、胸が熱くなった。


建物はその後借家にされたが、間もなく空き家になった。
とかく、物騒な世の中、何時までも空き家にすることにならず、
この度、第三者に売却された。

<建設機械が入り、パワーショベルの破砕、掘り起こしが始まる>

建屋、植え込み、外壁とも併せ、一気に解体、その廃材は綺麗
に搬出撤去された。


これも時代の流れか、其処にあった生活の証が、瞬く間に消え
去ってしまった。
長い生活の記録も、変な感情に捕らわれず、ごく事務的に、塗
り替えられる。

詳細は
「ようこそ松崎家の世界へ」
掲載されてます。

容赦ない暑さ

2015-07-24 19:55:00 | 多摩の四季

この時期、日中の熱気が解けず、朝は既に30℃近く、暑い。
健康志向の半ば義務感でこの糞暑い最中でも歩く人が結構多く
己もその一人である。

◇多摩丘陵から浅川
体に多少の負荷をかけるために、坂も惜しみなく、敢えて加える
こともある。
南側に多摩丘陵の稜線がぐるりと取り囲む。この稜線に向けて、
本日の挑戦が始まる。

住宅地を潜り抜け、坂道を喘ぎながら、その小高い丘陵を目指す。
坂道と言うと、碓井峠の当時国鉄の最大勾配区間66.7パーミル
(1000Mの距離で66.7Mの高さ)をアブと式鉄道で走り抜けた。
この勾配は66.7パーミルを遥かしのぐ急勾配がありそうであるが、
喘ぎながら、休みも取らず一気に上り詰める。
頂部付近にも開発が進み住宅地が、続いている。一つ一つが大き
な敷地に余裕を持ち拘りを持った建物も見受けられる。高台にあ
るだけに俯瞰出来る景色は地表とは異なる素晴らしい風情が確か
められる。しかし足腰が衰え、年老いてからのこの高低差は、
厳しいものを感じる。山の上に仙人のような生活に割り切れば
良いが、下界とのパイプは欠かせないであろう。

稜線に沿って住宅地を西方向に進める。この尾根の切通に出る。
北野街道と山を幾つかのトンネルが貫通し、このトンネルを潜
って堀之内、柚木方面に結ばれる幹線道路に出る。
山越えルートは幾つかあるが、このトンネル貫通が、大きく変えた。

物流のルートとして、ご覧の通り、車列は切れ目無く続く。
山頂部分から、車の騒音の中、一気に下り、北野街道、更に
浅川を跨ぐ、平山橋に出る。
平山橋は地表より高い位置にあり、斜面を登り、、京王線を
さらに浅川を跨ぎ、護岸に結ばれる。
橋が高い位置にあり、見通しが効くため、浅川の上流側の自然
の炯眼とも併せ、丹沢の山並み、更に富士山も見通せる。
しかし、僅かな歩道の間近を車が走り、騒音と排気ガスの洗礼
をたっぷり浴びながらの空間に、余り長居は出来ない。


一方では朝の早い時間であるが、時にして車も少ないことも、
川の上部分は欄干も整備され、遊歩道の役割も備えている。


橋を渡り、護岸の部分に出る。振り返ると橋の下に、満々と
流れる川の姿、両岸は自然の風情に気が休まる。
護岸には雑草が生いしげり、自然の中にが時にはさぎの群れが、
餌を求め、集散を繰り替えす姿も見える。
橋上には、先程通った、道が見える。開発が進み、遥か高い
部分まで開発が進み、家並みが見える。
川沿いをまっしぐらに、我が家を目指す。川面の涼気もなく、
護岸は日陰も無く、容赦なく夏の日が注ぎ、シャツはもう、
びしょ濡れである。

◇浅川~平山住宅

あの冷気は何処へ行ってしまったのであろう。日中の最高気温
が35℃越え、4日間は観測記録のようである。
未明でも25℃を下廻ることなく、どでっと動かない熱気が
漂い、朝から逃げ場もない。
今日も大仏さんを起点に、容赦ない熱気の中、突き進む。
日陰もなく、川沿いの冷気もなく浅川の護岸は流石に人影
も少ない。
川沿いの北岸を西に下、平山橋を越え、住宅地に入る。
建物の僅かな影に、ほっと息をつく。

平山住宅の中、大変高く聳え立つ給水タワーが、変化の
ない高層住宅の中、一際目立つ存在である。
<給水タワー>

かっては、「鮫陵源」という養殖池や高級料亭や遊園地の
ある広い施設があった。
広大な敷地は売り払われ、高層団地になってしまった。
巨大な自然石は日本庭園の名残を留める。
アメリカ帰りの貿易商、鮫島亀之助が、巨富を背景に
長い樹齢を物語る大きなけやきが、等間隔にある姿や
桜並木は、往時の姿を留める。建物と建物の空間に
趣味とする養殖に絶好の土地とした。

入社した当時、耕作地など素朴な土地柄、周辺には
こうした亭が余り少なかった
か、手の行き届いた庭に囲まれた「鮫陵源」での酒宴
はステータスでもあった。
その路地の一角を西に進むと、七生病院の前を通り、
住宅地の中、私営のテニスの打ちっぱなしなどあっ
たが、僅かにコートと、大きな看板が残すのみで、
宅地開発に吸い込まれそうであった。

◇豊田駅の南側
この近くの高台に辿り着く。
<幹線道路の建設工事>

この近くの高台に辿り着く。八王子に繋がる、4車線の巨大な
道路が、工事半ばにある。廻りは開発過程の土地柄、豊田の
南口と八王子を結ぶ、流通ルートになるであろう。
東側がJR中央線の巨大な車両基地が控えるが、周辺には遮る
構造物がないため、見通しの効く高台に八王子市街が見通せる。
エネルギーがあった時は更に耕作地の中、今では珍しい土の
道の感触を確かめながら八王子側に目指したが、これ以上目
指す意気地もなく、ここで折り返す。

豊田駅の南側、古い家は取り壊され、整地された土地に道は
作られ、従来の道とどのように繋がり、整合されるのか、
やたらロープが張られ、迷路のようになっている。
旧来の狭い道の街並みが、南側を支配しており、北側に比べて、
開発が遅れている。

<建設中の建物の巨大クレーン>

駅前の空き地で生まれた空間に、巨大なクレーンが立ち並び
、高層建物の建築合戦が行われている。
道、建物を含め今正に大きく変わろうとしている。

『火の見櫓』に里の風情

2015-07-20 20:17:00 | 多摩の四季
11号台風本土上陸で正にバケツをひっくり返した物凄い降雨で、
あちこちで浸水した。
その台風一過で、どうやら梅雨明け宣言した。
35、6℃の熱気が一気に襲いかかり、その熱気が建屋に残り、
サウナ風呂のようである。
朝の散歩も、前日の熱気が残り、猛暑から解けそうもない。

土地開発がガンガン進み、豊かな自然に建設重機の大きな爪が
立てられ無残にも、どんどん掘り起こされる。
分譲の旗がなびく中、新しい建物が建ち、瞬くまま入居者が
埋まっていき、その風景がどんどん変わっていく。
伝来の肥沃な土地は野菜、米造りの耕作地帯が見る見る減っ
ていく。炎天下、土にまみれる後継者不足で、手放してし
まうのであろうか・・・。
そんな変貌する周辺に此処だけは集落の様子を僅かに留める。



廻りに高い構造物がないので火の見やぐらが目立つ。
その背後にこんもりとした森と更にその先にグリーン
のネットが天空高く張られているのはゴルフの打ちっぱなし
である。
一方、手前は整備されて間もない、舗装道路が広大に
開発された宅地に結ばれる。
それほど高くない、火の見やぐらに、頂上の踊り場に、
半鐘がぶら下がり、周辺地域の火災発見から、住民へ
の通報を告げる、仕組みが残されている。
恐らく活躍の場はない、やぐらの半鐘に、
『こいつは何であろうか?』 と、からすの止まり
場となっている。



やぐらの直下にある建屋の半面が、一面蔦に覆われ、
その物凄い繁殖力に、完全にその姿を隠してしまっている。
窓の部分が、黄色く、蔦は薄くなっているが、その繁殖力に、
完全に埋まりつつある。


その怪しげな建物は厳めしい、消防団の建屋で、あることが判った。
勢いをました蔦は建物をすっぽり覆い被さりそうであった。
静かな集落に、半鐘の乱打、喧騒の世界にならない、火防の備え。
今頃、火の見櫓、時代の風物詩が時を告げている。

ようこそ松崎家の世界へ

http://mzk.on.coocan.jp/