575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

寄物陳思   遅足

2010年09月26日 | Weblog
①いきいきと死んでゐるなり水中花

②いきいきと死んでをるなり兜虫


川柳作家の樋口由紀子さんは、この2つの句について
こんなことを言っています。

①は川柳人が、②は伝統派の俳人に支持する人が多い。
川柳人には、生きているように見える死んだ兜虫は、
そのままで、面白くない。

川柳は、自分との関係でモノを詠む。感情移入をする。

もともと生死と関係のない水中花。
それを死んでいるようだと見る。
①は、自分を水中花に感情移入した句。

一方、②の兜虫の句は、
モノとしての兜虫を取り出してみせた句。
兜虫という季語が持っている世界にひたって
句を味わうことになる。

川柳人には、季語感覚がないので、兜虫の句は興味を引かない。

   

寄物陳思。
モノに托して思いを陳べる、とは昔から言われていること。
いずれにせよ思いを伝えるために詠むのですが
比重の置き方に違いがあるようです。

思いを陳べるためにモノに比重を置いて詠む。
思いを悟らせない。これが俳句。
一方、思いに比重をおいてモノを詠む。モノは脇役。これが川柳。

私は、どうも川柳のほうが好きなようです。


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秋の田の車をよける烏かな    朱露

2010年09月26日 | Weblog

     我が豊橋東部の低い山麓は穀倉地帯。
     九月末ともなると一面黄金の海状態。
     その中を広い農道が一本走っている。
     ここで毎年烏を轢き殺しそうになる。 

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