奇跡の一枚 pic.twitter.com/4nTl2f3xMo
— LOUDSTORM-MATS (@LOUDSTORM_MATS) 2017年8月16日
歯医者はこの日で終わりかと思ったら上下の奥歯全体の型を取られた。奥歯の義歯は新調になるらしい。来週セットされて終了かな。
朝食を抜いて医者に行ったので足を伸ばして東灘警察署前の喫茶店でワンコインモーニング。
この店もモーニングは500円。
食べ終わってから国道2号線を西宮から神戸税関まで走る阪神バスに乗り三宮の一つ手前の停留所で降りた。
国道2号線の上の歩道橋から。
韓国料理の「とんがらし」でタッカルビ定食を食べた。相変わらず質量ともに100点満点だ。
映画が始まるまで2時間ほどあったので暑さを避けて三宮の地下街を歩き回った。この日の万歩計は10118歩。
映画が終わってシネリーブル神戸を出て歩き出すとこの鳥居が目に入る。
JR三宮から六甲道へ。うまくバスに間に合い6:50には帰宅出来た。
この映画の監修をしている梯久美子さんは『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ―』という本を書いた人だ。
島尾ミホが島尾敏雄の妻であることは知っていたが彼女もまた本を書いていたのは梯さんのエッセイで知った。
この映画の原作は島尾ミホの「海辺の生と死」だ。映画は一般受けを狙った映画ではなく奄美大島・沖縄の自然好きと島尾フアンを
相手に見てもらえればいいとして作られたような映画だった。
私は先日NHKで放映された「トットてれび」で満島ひかりが黒柳徹子を演じたのを見て、この俳優は演じる時天から神様が下りてくるタイプの俳優だなと思った。
沖縄出身の満島が奄美・加計呂麻島の女をどう演じるか?しかも女そのものを。映画は予想通りストーリーを追う映画ではなく美しい島と満島ひかりの魅力を
際立たせる映画になっていた。この映画の評価は極端に分かれると思うが、満島ひかりに惚れた監督が造った映画だからそれは当然だと思う。
満島は余裕を持って全ての魅力を出し切っていたので満島ひかりを見に来た私は満足した。
昭和19年(1944年)12月、奄美カゲロウ島。ある日、国民学校教員として働く大平トエ(満島ひかり)のもとに、島に新しく駐屯してきた海軍特攻艇部隊隊長・朔中尉(永山絢斗)が兵隊の教育用に本を借りたいとやって来る。島の子供たちに慕われ、軍歌よりも島唄を歌いたがる軍人らしくない朔にトエは惹かれ、やがてトエは朔と逢瀬を重ねるようになっていく。しかし、時の経過と共に敵襲は激化、沖縄は陥落し、広島に新型爆弾が落とされる。そして、ついに朔が出撃する日がやってきた。母の遺品の喪服を着て、短刀を胸に抱いたトエは家を飛び出し、いつもの浜辺へと無我夢中で駆けるのだった……。引用元。