カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

河内観心寺

2013年01月27日 | ちょっとおでかけ

  

 

光の加減でシルエットとなってしまいましたが、騎馬像は楠木正成公の像で、観心寺の門前に勇ましい姿で迎えてくれます。観心寺は楠木正成ゆかりの寺であることを示しています。 

  

南北朝時代の歴史の中に足を踏み入れるような感じで、境内への石段を登りました。 

   

正成が学んだという中院が本堂への途中にあります。 

      

石段を上り詰めると、国宝如意輪観音をお祀りした金堂があります。後醍醐天皇が正成に外陣造営の勅を出したのが、この金堂だといわれています。お堂の前には弘法大師礼拝石があります。

ここでのお線香は立てないで寝かすようにと書いてありましたので、二つのお願いの書いたお線香を2本並べて横にしました。何か訳があるのかしら、他のお寺ではこんなお線香のあげ方は何処でもしたことがありません。 

 

   

新しい藁屋根の葺き替えが終わったばかりのように美しいお堂がありました。 お堂の前には「重要文化財・建掛堂(たてかけどう)と書いた立て札があります。このお堂は実は、名前の通り完成することなく建て掛けられたまま、長い歴史を今日に繋いでいるのです。

観心寺 建掛塔(重要文化財) 大阪 楠正成の発願によって三重塔として建て始めましたが湊川の戦いで戦死したことにより、建設途中で未完のままとなったものです。この塔は初重を作っただけで終わっています。 

       

何度も観心寺へはお参りしていますが、この5枚の画像辺りには、足を踏み入れていなかったので、今回は人気のない寂しい所だったのですが、行ってみました。けれど後村上天皇陵への石段の先が見えず、何処まで続くのか少し不安で、この位置から引き返してしまいました。

戦いに敗れた楠木正成の、首が足利尊氏によって、正成の妻子のもとに届けられ、ここに首塚としてお地蔵様に見守られながら眠っているのだとのことで、南北朝時代の結末の悲哀のようなものを感じました。 

 

 

コメント (8)
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