(上海駅前の流入農民 中国の経済発展を支えてきたのはこうした農村から流入する農民工と呼ばれる労働力ですが、その生活環境は都市住民との間で大きな格差があります。“flickr”より By joeywan
http://www.flickr.com/photos/joeywan/185358853/)
【うっ積する民衆の不満】
中国製ギョーザ中毒事件の容疑者は、特に日本を意識したものではなく、「給与や待遇」への不満があったと供述したとされています。
****中国で増える「憂さ晴らし」犯罪 貧富格差など背景*****
殺虫剤「メタミドホス」が混入された中国製ギョーザ中毒事件で、拘束された容疑者は27日までの当局の調べに、「給与や待遇」への不満があったと供述したとされる。中国では貧富の格差拡大や就職難の深刻化を背景に「憂さ晴らし型」事件が増え、23日には福建省の小学校で男がなたで児童を無差別に襲い9人が死亡した。男は結婚や再就職ができず「生きていても面白くないと思った」と供述。【3月27日 共同】
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急速な経済発展によって生じた貧富格差など社会矛盾への不満が、中国国内の社会不安を拡大させていることは周知のところであり、国家指導層が最も懸念する問題ともなっています。
****09年に起きた暴動の多くはうっ積した民衆の不満が原因―中国*****
2009年12月21日、中国社会科学院が発表した2010年「中国社会青書」によると、09年に発生した、群衆によるデモや抗議暴動などの件数は依然として多いが、急速な経済発展と社会状況の変化から生じる問題の蓄積によって、民衆の不満がうっ積しているのがその原因だとみられている。中国網が伝えた。
特に、今年6月に湖北省石首市で、24歳のホテル従業員が飛び降り自殺したとされた「石首事件」は、08年6月に貴州省甕安(ウォンアン)県で15歳の女子中学生が溺死したとされた「甕安事件」の再現だと同記事は指摘。(中略)これらの暴動は、直接的な利害関係で結ばれていない群集による突発性の事件だと同記事は分析している。被害者とは直接的には何の利害関係もないが、中国経済の発展の陰に存在する社会的矛盾に対して不満をいだく人々が、そのはけ口を求めていることも背景にあるとした。
企業体制の改編、住宅立ち退き、土地の強制徴用、住民からの資金調達などによって生じた住民の経済的不利益に対する保障が放置され、当局に対する怨念にも似た不満がうっ積していることも、暴動の原因となっているという。【09年12月22日 Record China】
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【拡大する格差】
社会矛盾でも最大の問題は、都市と農村、沿海部と内陸部の所得格差です。
*****都市と農村の所得格差、3.3対1と過去30年で最大に―中国******
2010年3月2日、中国の英字紙・チャイナデイリーが報道した中国国家統計局のデータから、09年の中国では、都市部住民の1人当たり平均年収は1万7175元(約22万3800円)だが、農村部住民では5153元(約6万7000円)と、格差が拡大していることがわかった。英公共放送・BBCの電子版(中国語サイト)が伝えた。
都市と農村での収入格差は3.33:1で、これは1978年以来最大の格差だろうと記事は指摘。さらに、多くのシンクタンクも都市部と農村部、沿海部と内陸部の収入格差拡大に警告を発している。
9億人が暮らす農村の発展支援と都市部との経済格差解消は、社会を安定させるためにも重要な要素。また、そのためにも現行の戸籍制度を見直す必要がある (編集部注:中国では農村部と都市部間で戸籍を移動することができず、都市部に出稼ぎに出た農村出身者が失業保険や医療、教育を満足に受けられない現状がある)。今月1日、国内の13メディアは異例の共同社説を発表し、「戸籍制度改革は急務」として、今月3日から開催されている「両会」(国会にあたる全国人民代表大会と全国政治協商会議)に呼びかけた。【3月3日 Record China】
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【労働市場の需給調整】
沿海部と内陸部の所得格差は、一部“労働市場”における需給バランスによって平準化の方向は出ているようです。
****中国内陸部栄え 沿海部は出稼ぎ労働者が不足*****
中国沿海部で出稼ぎ労働者の不足が深刻化し始めている。政府による景気対策などで内陸部の賃金が上昇し、地方に戻って働く人たちが増えているからだ。「世界の工場」を支えてきた労働力をつなぎ留めようと、広東省政府は、法定の最低賃金を2割引き上げる方針を固めた。現地の日系企業などにも影響が出ている。 (中略)
労働者不足は昨秋ごろ顕在化し、広州や深センなど同省南部の珠江デルタ地区のほか、浙江省など沿海部の都市にも広がっている。地元紙は、珠江デルタ地区全体で旧正月直後に約200万人分の労働力不足が起きたと報じた。
広東省政府は「待遇が改善されれば労働者不足も緩和される」(同省幹部)として、最低賃金を5月から平均21%引き上げる方針を決定した。
背景には、中国政府が世界金融危機への対応として打ち出した4兆元(約53兆円)超の内需拡大策がある。これで地方のインフラ整備工事などが大幅に増え、働き口も急増した。地方の経済発展や農民に対する税の優遇措置などもあり、物価が高く生活費もかかる沿海部に働きに出る利点が薄れてきている。(中略)
東莞市人力資源局の黄慧屏・副局長は「改革開放から30年、潤沢で安い労働力の恩恵を受けてきた珠江デルタ地区も変わらざるを得ない。企業は新たな成長戦略を求められる」と話している。【3月22日 朝日】
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【迫られる所得分配制度改革】
しかし、こうした“市場”の動きだけでは早急には解消されない格差への対応を政府当局は迫られています。
先の全人代でも、重要課題として「所得分配制度の改革」が盛り込まれています。
****貧富格差の是正へ、所得分配制度改革を加速―中国******
2010年3月25日、中国国家発展改革委員会(発改委)は所得分配制度の改革を一段と加速させる方針を明らかにした。上海証券報が伝えた。
中国は高い経済成長率を維持する一方で、貧富の差も広がっており、社会不安を増長させている。今月初めに開かれた全国人民代表大会(全人代)では、重要課題として「所得分配制度の改革」が盛り込まれた。
記事によると、発改委の関係者は、内需拡大の重要な突破口として所得分配制度の改革について迅速に研究・調整をしている最中であることを明かした。特に低所得層の消費能力を高めることに力を注ぐという。だが、今のところ「指導意見」など具体的な形で発表できるかどうかは決まっていないとした。政府の方針を受け、北京市、上海市、広東省、浙江省などではすでに最低給与額の見直しが行われている。特に広東省では平均20%ほど引き上げられる見通しだという。【3月28日 Record China】
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【戸籍制度改革】
特に、都市・農村間の格差を固定し、また、農村から都市へ流入する低所得層の生活環境を劣悪な水準に固定している制度的要因に、前出【3月3日 Record China】にも指摘されている中国の戸籍制度があります。
中国ではこれまで農業戸籍と非農業戸籍に分けられ、運用面では一定の緩和はあったものの、基本的には厳格に区分管理されてきました。
農業戸籍に生まれた者は、都市部への移住を一生許されず、運よく都市部で就業できたとしても、戸籍がないため、医療・年金・住宅取得・就職などの面で都市住民と同じ社会保障が受けられず、差別を強いられてきました。
1958年1月全国人民代表大会常務委員会で採択された「中華人民共和国戸口登記条例」は、「公民が農村から都市に移るには、都市労働部門の採用証明書、学校の採用証明書、もしくは都市の戸籍登録機関が移入許可証明書を持って、常住地の戸籍登録機関に出向いて移出手続処理を申請しなければならない」と規定しています。
中国の戸籍制度とは、日本の感覚で言えば国籍のような存在に近いとよく説明されています。
つまり中国の「農村国」の人間は原則的に一生農村以外で生活することはできず、都市で働くには「都市国」に申請し、「労働ビザ」を取得して期限付きで就労しなくてはならない・・・という制度です。
こうした制度は、生産力が乏しく、モノやサービスは極端な供給不足し、都市機能も貧弱だったため、人口の自由な移動を許すと国の基盤が崩壊しかねないという当時の社会状況を反映したものでしたが、その後の経済発展とともに社会実情に合わず、都市・農村の貧富格差を固定化する要因として機能するようになっています。
このような戸籍制度の改革の動きがこれまでなされていなかった訳ではありません。
****13省で「農業戸籍」を撤廃、進む戸籍制度改革―中国****
2008年12月9日、中国公安部はウェブサイトで、これまで農業戸籍と非農業戸籍に分けられていた戸籍制度を撤廃し、統一した戸籍制度を導入した省レベルの自治体は河北省、遼寧省など13の省・自治区・直轄市に及ぶと発表した。中国新聞網が伝えた。
中国はこれまで農業戸籍と非農業戸籍に分けられ、厳格に管理されてきた。農業戸籍に生まれた者は、都市部への移住を一生許されない。運よく都市部で就業できたとしても、戸籍がないため都市住民と同じ社会保障が受けられず、差別を強いられてきた。政府はこうした格差をなくそうと戸籍制度の改革を推進。現在までに13の省・自治区・直轄市に及んだ。
公安部はこのほか、不動産を購入した都市への戸籍移転を認めるなど7項目の改革措置を徐々に追加し、流動人口に対する治安管理や権利保護などを強化する方針を示した。【08年12月10日 Record China】
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【異例の共同社説】
しかし、大枠として依然残存する差別的な戸籍制度に対し、その早急な改善を求める声が高まっています。
前出【3月3日 Record China】にもあるように、3月2日、中国各地の新聞13紙が、異例の共同社説を一斉に掲載し、全国人民代表大会と全国政治協商会議(両会)の代議員に対し、戸籍改革のタイムスケジュールを出すよう職権を行使して戸籍制度改革を迅速に実現するよう呼び掛けました。
この共同社説は、「経済観察報」から始まり、11の省・自治区・直轄市で順次転載されました。新聞13紙の他、新浪網、鳳凰網、経済観察網などネットメディアも転載しています。
温家宝首相も、「戸籍制度の改革を推し進め、都市部で長く暮らし働き、一定の条件を満たした農村からの労働者を都市部が受け入れ、都市部人口と同じように福利を享受できるようにしなければならない」との考えを示していましたので、この共同社説は政府当局の意向を反映したものと思っていましたが、そうでもなかったようです。
****戸籍制度批判の共同社説で解任-中国紙の編集幹部*****
中国の地方紙13紙が、都市部と農村部を区別している中国の戸籍制度の改革を呼び掛けた共同社説を掲載した問題で、同社説の共同執筆者の1人である北京の有力紙、経済観察報の編集幹部が解任されたことが分かった。
この社説は、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)開幕の前日の1日に経済観察報などに掲載されたもので、現在の戸籍制度は農村部の住民を差別しており憲法違反と主張、全人代の代議員らに対し改革の促進を訴えた。全人代開幕前日という政治的に微妙なタイミングで政府の政策に対する批判を、しかも一斉掲載したのは極めて異例のこと。
関係者によると、解任されたのは経済観察報ウェブサイトのチャン・ホン(Zhang Hong)副編集長で、同紙の編集長らも中国共産党宣伝部から警告処分を受けたという。中国政府が全人代で情報公開の促進を呼び掛けているのとは裏腹に、表現の自由を厳しく規制している実態が浮き彫りになった。中国のメディア専門家は、政治的に微妙な問題で多数のメディアが共同記事を掲載した前例は思い浮かばないと話している。【3月10日 JST】
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いずれにしても、中国政府にとって、戸籍制度改革は避けて通れない課題となっています。