(「ゴールデン・トライアングル」のミャンマー領域に暮らす首長族 カレン族の一支族とされています。 タイ北部にいくつか観光用の“村”もつくられています。 チェンセーンのオピウム博物館展示写真より )
【船内からは大量の麻薬】
タイ、ミャンマー、ラオスの3国がメコン川で接する山岳地帯は、黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)とも呼ばれています。
現在は関係国の規制・取締によって減少しているようですが、かつては世界最大の麻薬・覚醒剤密造地帯で、麻薬王クンサが暗躍した地域でもあります。
また、中国の共産党革命後、国民党残党がこの地域に逃れ、台湾・蒋介石政権の後押しで、大陸反攻を目指して実効支配したという数奇な歴史もあります。国民党残党勢力もまた麻薬生産を資金源としていました。
もともと、そうした国民党残党勢力、麻薬組織、あるいは少数民族反政府勢力が活動する危険なエリアでしたが、今では少なくともタイ側は観光地化しており、危ないイメージは薄れてきました。
しかし、今月5日、このエリアで中国輸送船が襲撃され中国人船員13名が殺害されるという、かつてのゴールデン・トライアングルのイメージを彷彿させる事件が起きています。
****武装勢力が輸送船を襲撃=中国人船員11人死亡2人不明―タイ****
2011年10月9日、中国ネットテレビ局(CNTV)は、5日にメコン川タイ流域で中国人船員13人を載せた輸送船2隻が武装勢力に拿捕されたと報じた。
5日午前、メコン川タイ流域を航行中の輸送船3隻が突然、モーターボート2隻に分乗した武装勢力の襲撃を受けた。最後尾を航行していた1隻は難を逃れたが、残る2隻(1隻は中国籍、もう1隻はミャンマー籍)は武装勢力に乗り込まれ、拿捕された。
同流域には麻薬密輸組織の情報を得てタイ軍が出動していたが、5日午後、拿捕された船舶を発見。船上にいた武装勢力5人との間で銃撃戦が起きた。タイ軍の射撃により武装勢力1人が死亡、後に中国人ではないことが確認されている。残る4人は逃亡した。船内からは大量の麻薬が見つかっている。
事件後、タイ警察はメコン川で中国人船員の捜査を続けたが、すでに11人の遺体が川の中で見つかった。なお2人が行方不明。拿捕された輸送船のオーナー・郭志強(グゥオ・ジーチャン)氏は十数年以上、野菜や果物の輸出入を手がけてきた貿易商。「強盗や銃撃などの危険はあったが、船員全員が殺害されるような惨事は初めてだ」と肩を落とした。【10月10日 Record China】
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【「中国は兵を派遣し中国人を直接保護することができるはずだ」】
当然、被害にあった中国側は真相究明を要求していますが、タイ・ミャンマー両国は責任をなすりあいしているとの中国報道もあります。
****中国人船員襲撃事件、タイとミャンマーが責任のなすり合い―中国紙****
2011年10月13日、タイのメコン川流域で5日に発生した武装勢力による中国人船員襲撃事件で、中国紙・新京報はタイとミャンマーが互いに責任をなすりつけ合っていると報じた。
記事によると、まずはタイの警察当局が10日、武装勢力に襲われた2隻の中国船から大量の覚せい剤が見つかったことを受け、凶行に及んだのはこれを奪い取ろうとしたミャンマー東北部シャン州第4特区(コーカン)の麻薬密売グループだと発表。
だが、これに対し、同区の報道局は「事件とは全く関係ない」と反論する声明を出した。事件が起きた地域はもともと同区の人間の立ち入りが禁止されており、タイ警察の監視をくぐり抜け、中国船を襲って逃げるなど不可能というもの。
声明の中で同報道局は「タイ警察が船員5人を銃で撃ったほか、6人の遺体を川に投げ捨てた。その後すぐに現場を封鎖し、その場にいた人たちを追い払った」とする目撃情報を明かした。
その上で、同報道局は中国政府が調査団を現場に派遣することを歓迎すると表明。事故当時に現場で任務にあたっていたタイの警察官全員が中国側の調査を受けるべきだとし、「我々は何もやましいことはしていない。我々も堂々と中国側の調査を受ける」と潔白を主張した。【10月13日 Record China】
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苛立つ中国側では、環球時報が「現地の麻薬組織は中国人の生命と国家の力を蔑視している」と激しく非難、中国が国境を越えて兵を派遣し、直接中国人を保護する必要性を主張しています。
****自国民保護のためなら海外出兵を、タイの中国人船員殺害事件を受けて―中国メディア****
・・・2001年に中国とタイ、ミャンマー、ラオスの4カ国がメコン川航行協定を結んで以降、同河川での船舶の運航はいくぶん正常化したが、いわゆる「黄金の三角地帯」での中国の船舶と船員を狙った誘拐事件は後を絶たない。
今回の事件の詳細はまだわかっていないが、タイとミャンマーの警察が中国人船員の救出に熱心でなかったことは明らか。現地警察当局による事件の公表も、発生から数日たってのことだった。
中国人船員の遺体はメコン川で発見。ほとんどの遺体は目隠しをされ、両手に手錠をかけられたまま。現地の麻薬組織は極めて残忍で、人命軽視も甚だしい。
中国人が海外で犯罪に巻き込まれた場合、これまで中国政府は現地政府と協力し、その国の法律にのっとって保護してきた。ただし、今回のように政治的な理由でなく、偶発的でもない凶悪事件の場合、中国は兵を派遣し中国人を直接保護することができるはずだ。
中国はすべての中国人のための国家であり、国家が国民1人1人を真剣に守ろうとするほど国民の結束力は強まる。その結果、世界から尊重される国家になるのだ。【10月13日 Record China】
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兵の派遣はともかく、中国は武装警察が乗り組んだ公安巡視艇を初めて外国に派遣しています。
****公安巡視艇、初の外国派遣=商船襲撃のメコン川に―中国****
タイとミャンマー、ラオスの国境を流れるメコン川で今月5日、商船2隻が襲撃され、中国人船員12人が死亡、1人が行方不明となった事件後、タイ領内にとどまっていた他船の中国人船員ら164人が14日、26隻に分乗し帰国した。
15日付の中国紙・広州日報によると、中国政府は武装警察28人が乗り組んだ公安巡視艇を初めて外国に派遣し、タイの巡視艇とともに中国船団を護送した。
事件は「黄金の三角地帯」で起き、タイ警察は麻薬密輸組織が関与したとみているが、捜査は難航。中国政府は流域の3カ国に対し、真相究明と再発防止を要求している。【10月15日 時事】
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【「水は血より濃い」】
長期的・大局的視点で見ると、メコン川流域で麻薬密輸組織や反政府組織以上に危険なのは、メコン川の水を巡る周辺国の争いでしょう。
人口増加・経済活動の活発化が進む世界では、今後、食糧や資源を巡る争奪戦が熾烈となっていくことが予想されます。もし、地球温暖化のような気候変動が影響すれば、なおさらのことでしょう。
なかでも、増産ができない限られた水資源の争奪は国家間の関係を大きく左右します。
メコン川の水資源利用についても、中国の積極的なダム建設に対し、他の流域各国が不満を持つという、南シナ海問題にも似た国際関係があります。
この問題については、
10年3月9日ブログ「メコン川異常渇水と中国のダム建設 今後問題化する水資源争奪戦」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100309)
10年4月7日ブログ「メコン川異常渇水 流域国首脳会議は中国に“配慮”して沈黙」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100407)
でも取り上げました。
流域各国の関係も、往々にして利害が対立します。
ラオスが計画するメコン川へのダム建設に、ラオスとの「戦闘的団結」を強調してきたベトナムが反対しています。そのラオスには中国の影響が強まっている・・・という、いつものアジアの構図があります。
***越とラオス「特別な関係」亀裂 メコン川ダムで対立、中国の影****
「特別な関係」で結ばれていたはずのベトナムとラオスに亀裂が走った。ラオスが計画するメコン川へのダム建設にベトナムが公然と反対したのだ。抗仏・抗米戦争をともにした「戦闘的団結」のほころびは南進の勢いを強める中国を利しかねない。「水は血より濃い」のか。
問題のダムはラオス北西部のサヤブリ県にラオス政府が計画している。メコン川本流のダムは、下流部分ではこれが最初となる。出力126万キロワットの水力発電所を建設し、電力の大部分を隣国のタイに輸出する計画だ。
内陸の小国ラオスは山が多く、水力資源に恵まれている。電力開発と売電は遅れた経済を発展させるための国家戦略の柱だ。サヤブリ・ダムは「東南アジアの電力基地」に国を改造する重要な一歩と位置づけられている。
しかし、メコン本流へのダム建設は環境や生態系に大きな影響を与えると域内外の環境団体は強く反対している。漁業や農業に深刻な被害がおよび、下流域の住民6千万人の生活が脅かされると専門家は警告する。
反対の輪にはベトナムも加わった。ダム建設は、ベトナム最大の穀倉地帯であるメコン・デルタへの影響がとくに大きいとベトナムは懸念する。今年に入って国内メディアには「上流からの土砂の流入が妨げられ、海水の浸入でデルタが大打撃を受ける」などという専門家の指摘が相次いで紹介された。
それまでのラオスに関する報道では「友好」や「協力」などの美辞麗句が躍るのが常だっただけに、公然たるラオス批判は異例中の異例だ。メコン下流ではサヤブリに続いて10カ所ほどのダム建設計画がある。ベトナムとしては、きれいごとを言っている場合ではないという判断のようだ。
メコン川開発の調整機関であるメコン川委員会(タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムで構成)は4月にサヤブリ・ダム建設の是非を協議したが、物別れに終わった。ベトナム代表は徹底した影響評価を行うため「最低10年間の延期」を求め、カンボジアとタイからも慎重論が出た。
強行突破は無理と見たラオスは先月、ベトナムとの首脳会談の場で計画凍結の方針を伝えた。影響を評価する調査をやり直すためとしており、計画を断念したわけではない。
中国はメコン川上流の自国内の部分で8つのダム建設を計画、すでに4つが完成している。メコン本流へのダム建設では、推進派の中国とラオス、反対派のベトナムという構図だ。
その中国はラオスに影を急速に伸ばしている。完成済みの高速道路に加え、大規模工業団地や鉄道など援助・投資案件はめじろ押しだ。サヤブリ・ダム計画でラオスが強気なのも中国への傾斜の表れと見る向きもある。
ベトナムにとってラオスとの「特別な関係」は安全保障上の絶対条件である。これまで物心両面で多大な支援をしてきたのはそのためだ。南シナ海での中越の対立が先鋭化する中、ラオスをめぐる中越の綱引きからも目を離せない。【6月23日 産経】
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ただ、中国の水資源戦略もすべて順調という訳ではなく、これまで関係強化を図ってきたミャンマーにおいては、民政移管したテイン・セイン大統領が、軍事政権と中国の電力会社が建設に合意したエーヤワディー川(イラワジ川)の水力発電用ダムの建設を中断する方針を示して話題になっています。
このダム建設には、かねてより環境破壊や強制移住させられる少数民族への人権侵害につながるとの批判があり、スー・チーさんも中止を求めていました。
この発表に、中国企業などが建設し、発電された電力の大半は中国に供給されることになっていたことから、中国側が強く反発しています。
そう言えば、日本にも「八ツ場ダム」問題がありましたが・・・・。