
(アラブ連盟監視団の本隊50人が首都ダマスカスに到着した12月26日、反政府行動の拠点ホムスを制圧するシリア軍戦車 4000人の政府軍に包囲されたホムスでは、この日23人が死亡したと報じられています。“flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6578562275/in/photostream)
【監視団長:「恐るべきものは見なかった」】
反政府抗議デモが続くシリアでは、暴力停止に向け調停に乗り出したアラブ連盟の監視団が本格的な活動を始めており、監視団に実情を訴えようとする民衆が大挙して繰り出した形で、イスラム教金曜礼拝が行われた12月30日、首都ダマスカス郊外のドウマや中部ハマ、南部ダラアなど各地で併せて数十万人が参加した大規模な反体制デモが行われています。
シリア・アサド政権は、12月28日、アラブ連盟の調停案を履行する形で、収監していた反体制派の市民755人を釈放したとも報じられていますが、政権側の鎮圧行動も継続しており、英BBC放送によると、治安部隊の発砲などで32人が死亡したと報じられています。【12月31日 時事より】
また、アサド政権に同情的な、スーダン・ダルフールでの大量殺害事件への関与が疑われている者が団長を務めるなど、アラブ連盟の監視団の性格・実効性について、反体制派側から疑問の声も出ています。
****シリア:反体制派も監視団批判*****
アラブ連盟がシリアに派遣した和平監視団の実効性に、反体制派が疑問の声を上げている。
すでに4都市を視察したが、アサド政権による武力弾圧や離反兵士との衝突は続き、連日20人前後の死者が出ていたからだ。反体制団体によるとシリア各地で30日も合計25万人以上が参加した民主化デモが発生、治安部隊の発砲で少なくとも14人が死亡した。
監視団は先遣隊も含め約60人で27日に実質的活動を開始。これまでに中部のホムスとハマ、首都ダマスカス近郊のハラスタ、南部ダルアーを視察した。いずれも反体制住民の活動が活発で、ハラスタを除き、離反兵士と政府軍・治安部隊の衝突も発生している。
監視団の訪問中に大規模反体制デモが発生し、治安部隊が発砲して死傷者が出た都市もある。
しかし、ロイター通信によると、スーダン人のムスタファ・ダービ団長はホムスで「恐るべきものは見なかった」などと発言した。ダービ氏は30日に発言を否定したが、スーダンのバシル大統領が国際刑事裁判所に訴追された西部ダルフールでの大量殺害事件への関与が疑われている。
シリア国内の人権活動家、ムスタファ・オソ氏は毎日新聞の電話取材に「あの発言で団長への懸念が強まった」と発言。在英反体制派団体「シリア人権観測所」のラミ・アブドルラフマン所長も「事実に反する内容でアサド政権寄りだ」と批判した。一方、ホムスの活動家男性は「即断は禁物」と慎重だ。
アサド政権は武力弾圧を「武装テロ集団の鎮圧」として正当化している。離反兵士団体「自由シリア軍」のクルディ副司令官は30日、毎日新聞に「監視団滞在中は軍・治安部隊への作戦を凍結する」と述べた。【12月31日 毎日】
***************************
【自由シリア軍:「リビア型」の政権打倒を目指す考え】
現在、反政府行動の中核となっているのは、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団が最大勢力である在外反体制派組織「シリア国民評議会(SNC)」と、離反兵らで作る軍事組織「自由シリア軍」です。
両組織は年末に、アサド政権打倒に向け緊密に連携することや、シリア国内での戦闘行為は市民防衛に限定することなどで合意したとされています。
「将来的に自由シリア軍をSNC軍事部門として統合することもあり得る」(SNC幹部)との発言もありますが、「自由シリア軍」には、政府軍への攻撃をエスカレートさせ、NATO軍介入を促し、リビアのような内戦状態に持ち込むことも辞さない・・・との声もあり、今後の衝突拡大が懸念されています。
****自由シリア軍ナンバー3「NATO軍事介入を」*****
■シリア政権打倒、目指すはリビア型
シリアの離反兵らで作る反体制派武装組織「自由シリア軍」のナンバー3で、参謀長に相当するアハマド・ヒジャーズィ大佐は産経新聞の電話取材に、市民弾圧を続けるバッシャール・アサド政権に対する「北大西洋条約機構(NATO)の軍事介入を求める」と言明、内戦の末にかつての最高指導者カダフィ大佐が殺害された「リビア型」の政権打倒を目指す考えを明らかにした。
自由シリア軍幹部が、明確に外国による軍事介入の必要性を指摘したのは初めて。同軍はいまのところ、反体制派在外組織「シリア国民評議会(SNC)」との合意に基づき、武力行使は市民防衛に限定するとしているが、本音では武装闘争路線を推し進めたい意向とみられ、同国が本格的な内戦状態に陥る懸念がいっそう強まっている。
ヒジャーズィ氏は、介入などの軍事的手段が「政権を倒す唯一の道だ」と強調、「その結果、(内戦に発展した)リビアのようになることも辞さない」と語った。別の幹部によれば、同軍はSNCなどとの協議でも、米欧による介入に向け働きかけを強めるべきだと主張しているという。
ただ、同軍の軍事介入路線に米欧がどう反応するかは不透明だ。SNCのゾヘイル報道官も、いかなる選択肢も排除しないとはしつつも、「あくまでも平和的な政権転覆を目指す」と話した。
自由シリア軍は現在、SNCと協力態勢を築いているものの、SNC最大勢力のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団とは緊張関係にあるとの指摘もあり、同軍側が今後、SNCと距離を置き政権への攻撃を先鋭化させる可能性もある。
一方でシリアでは12月下旬から、政権が約束したデモ隊への暴力停止の履行状況を調査するアラブ連盟の監視団が活動を開始した。しかし、監視団団長にアサド政権に同情的とされるスーダン情報機関幹部が任命されていることなどから、「監視任務の実効性確保は不可能だ」(SNC幹部)との見方が支配的だ。
反体制派は監視団が活動を始めた12月27日以降、すでに130人が死亡したとしている。
また、監視団の活動中は、外交的に膠着(こうちゃく)状態が続き、政権側にとっては絶好の「時間稼ぎ」(外交筋)となるとの指摘もある。
自由シリア軍が強硬路線への傾斜を強めている背景には、反体制派に不利なこうした状況を打破したいとの焦りもありそうだ。【1月1日 産経】
*******************************
【欧米諸国の思惑】
しかし、リビアで一応の結果を出したNATO軍ですが、アメリカ頼みの実態があります。そのアメリカはようやくイラクから撤退し、アフガニスタンも何とかしたい、更にはイランとも緊張関係が続いている状況で、シリアに介入というのは現実的にはあり得ない選択でしょう。そうなると、経済危機で対応に追われ、財政政権のため国防予算も削減を強いられている欧州諸国のリードでシリアに・・・というのも、考えにくいところです。
****内向きNATOが目指す進路は****
リビアヘの武力介入はひとまず成功したが、米軍頼みの軍事機構には多くのほころびが見える
(中略)
自らの能力を過小評価
自力で解決できない問題に直面したら、NATO加盟国はいつでもアメリカを頼りにできる。
リビアヘの攻撃が開始された当初に同国の防空施設を破壊し、攻撃初日に100発を超える巡航ミサイルを発射したのは米軍だ。必要な情報の80%を提供したのもアメリカなら、欧州諸国の専門技術要員不足や軍需物資不足を補ったのもアメリカだ。
欧州諸国が軍需品不足に陥ったのも当然。アメリカを除くNATO諸国の年間防衛費は1500億ドルにすぎないが、アメリカの国防費(戦費を除く)は5600億ドルに上る。アメリカの国防費は世界全体の半分を占める規模だ。
とはいえ、その気になれば欧州諸国は米軍抜きでも戦えるはずだ。米軍を除くNATO加盟国の兵力は200万人近い。バルカン半島やイラク、アフガニスタンで実戦経験を積んだ兵士もいる。世界軍事カランキングのトップ10のうち、7カ国は欧州のNATO加盟国だ。
しかし困ったことに、当の本人たちが自分たちだけでは戦えないと思い込んでいる。
イギリスは「アメリカ頼み」を公然と認めている。同国の97年以降の国防計画はアメリカの協力を得られることを前提に作られている。自主独立の精神を重んじるイギリス人でさえ、アメリカ抜きでは戦いたくないというのが本音だろう。
欧州諸国は敵ではなく米軍と比較して、「自分たちには精密兵器が少な過ぎる」「諜報能力が不足している」などと考える。過大な人的損害を負うことや、目的達成に時間がかかり過ぎることも恐れている。
こうした不安は意思決定にも影響を及ぼしかねない。NATOの場合、軍事力の行使には全加盟国の賛成が必要だ。懸念すべきなのは作戦が成功するかどうかではなく、内向き思考がNATOの作戦実行を阻むことだ。(後略)【1月4日号 Newsweek日本版】
**************************
アサド政権崩壊後、どのような性格の政権が誕生するのかについても欧米には不安があります。
イランやヒズボラ・ハマスなどイスラム武装勢力と関係の深いアサド政権崩壊による、中東パワーバランスの崩壊も望まないところです。
本音としては、アサド政権が鎮圧行動を控えめにして、政権自体は維持されれば一番都合がいいといったところではないでしょうか。
【閉ざされていた社会は開かれつつある 民主化の勢いは今後も止まらない】
しかし、時代の流れが変化しつつあるのも事実で、その流れは欧米の思惑と関わりなく進むことも考えられます。
****アラブの春は始まったばかりだ****
人々は歴史の呪縛を飛び越え、ネットや広場で結束して戦ったこの民主化の勢いは今後も止まらない
西洋には不都合な秩序
西洋はアラブ世界に干渉せずにいられない。まるで恩着せがましい義理の親のように、若者たちに起こり得るあらゆる不幸を想像してしまう。つまり、マリーとアガが言う「旧体制の復活、軍事クーデター、分裂や内戦、イスラム化」だ。
もっとも欧米の政治家や専門家が懸念を抱くのは、実は新しい秩序(または無秩序)が自分たちにとって不都合だからにほかならない。
かつて地中海の南、スエズ運河の東は世界から切り離された閉じた社会であり、その内部も互いに断絶しているというのが既定の事実だった。力があるのは将軍たちや王族だけだった。
バルフォアは1910年、東洋で征服者や専制君主の権力を受け継ぐのは征服者か専制君主だけだと議会で演説した。「これらの国々が自らの意思で革命を起こし、西洋で言う『自治』を確立したことは一度もない」(中略)
もう後戻りはできない
しかし、中東の信仰、運命論、熱狂に関する西洋の常識の多くは誤解の産物だ。ビシャラが『見えないアラブ人』で指摘したように、「宗教、開発、文化の影響は大きかった」が、「アラブの悲惨な現実は政治に起因する」問題なのだ。
この点は現在の核心的問題でもある。「政治権力の利用と悪用は現代アラブ国家の特徴だ。国家体制はアラブ社会の隅々まで支配下に置き、変形させてきた」と、ビシャラは述べている。
しかし独裁体制が打倒され、あるいは崩壊しつつある今、新しい政治環境が形成される余地が生まれている。
軍の上層部は自分たちの特権と銀行口座に固執するだろう。彼らの目的は統治-つまり日常の政務の責任は逃れつつ、決定権を保持することだ。
民主派の若者は、裕福で保守的な君主国に疑いの目を向ける。サウジアラビアとカタールの王族は厳格なイスラム主義を守り、世俗的な自由に背を向けているように見えるからだ。だが、それ以外の国では王族も反体制派を懐柔する目的で民主化を支持している(かつてはイスラム過激派にも同じ態度を取った)。
選挙は突然、かなり公正に行われるようになった。必然的に当初は宗教政党が躍進するだろう。エジプトのイスラム主義組織ムスリム同胞団とその分派は、レバノンの作家アマル・ガンドゥルが「イスラム生態系」と呼んだアラブ世界の全域に根を張っている。
イスラム政権が長く続くイランやスーダンの現状を考えれば楽観は禁物だ。それでもムスリム同胞団が公正な選挙は1回でやめ、その後は独裁に持ち込む戦略を描いているとは限らない。
たとえ彼らがそう望んでも、そんなことが可能だった時代は過ぎ去った。今では無数の男女が街頭で、あるいはネット上で自分の意見を表明している。もう後戻りはできない。
閉ざされていた社会は開かれつつある。現代アラブ世界の歴史はまだ始まったばかりだ。【1月4日号 Newsweek日本版】
******************************
「アラブの春」による独裁政権崩壊で、イスラム主義が台頭するのは避けられない情勢です。
欧米的価値観とは相いれない部分もありますが、尊重されるべきは欧米の思惑ではなく、当事国の国民の民意であることは言うまでもないところです。
シリアについて言えば、SNCと自由シリア軍の主導権争いの他、イスラム主義とは言いつつも、イラク同様の宗派間の対立(アサド政権を支える少数アラウィ派と反政府勢力の多数スンニ派)が懸念されます。
あと、ダマスカスなど都市部若者層には世俗的なアサド政権を支持する者も多いと以前報じられていましたが、そのあたりは現在どうなのでしょうか?