孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  非常事態令解除 新憲法で軍の権限、宗教と国家の関係は?

2012-01-25 22:54:56 | 北アフリカ

(1月24日 カイロ・タハリール広場 軍政批判に集まった人々 しかし、若者達の激しい抵抗・衝突は一般市民の支持を失いつつあるとも “flickr”より By sherief.  http://www.flickr.com/photos/65183857@N06/6756296047/

【「急速な変革」を目指す民主化勢力と、「暮らしの安定」を望む市民が離反
昨年2月にムバラク政権が崩壊したエジプトでは、暫定統治する軍によってその後も非常事態令が継続していましたが、ムバラク政権崩壊につながった反体制デモが起きてから丸1年に当たる25日に、約30年ぶりに解除されることが発表されました。

****エジプト、反政府デモから1年 非常事態解除へ 市民、民主化勢力と距離****
エジプトは25日、昨年2月にムバラク前政権を崩壊に追い込んだ反政府デモの発生から1年を迎える。
これに先立ち同国を暫定統治する軍最高評議会のタンタウィ議長は24日、約30年続いた非常事態令を25日に解除すると発表した。暴徒の取り締まりなどは例外とする。

ただ、デモの火付け役となった民主化勢力はなおも反軍政を掲げて運動を続けており、疲弊する経済に不満を募らせる民衆から孤立し始めている。

「革命は終わっていない。政治から軍を追い出して古い体制を一掃するまで闘い続けるんだ」
昨年1~2月の反政府デモで連日、数万人のデモ隊で埋め尽くされた首都カイロ中心部のタハリール広場。テントの中で仲間との議論に明け暮れる大学生のボラ・リヤドさん(20)は、こう力を込めた。
約1年後の今、同じ場所には、デモというよりは、たむろしているという表現がふさわしい若者ら数百人が、暫定統治を担う軍最高評議会に即時の民政移管を求めて座り込みを続ける。

今も続く反軍政キャンペーンには、昨年1~2月のデモ動員に大きな役割を果たした民主化グループ「4月6日運動」も参加。旧政権高官の裁判迅速化や、軍部から議会への権限移譲などを主張する。
「国民が圧力をかけ続けることが大事なんだ」。創設者の一人、アハマド・マーヘル氏はこう訴えるが、デモ隊は昨年後半以降、治安当局と衝突を繰り返し、ときには暴徒化した。衝突をゲーム感覚で楽しむためにデモに参加する若者も少なくない。

そんな彼らを見る市民の目からは今や、かつてのような称賛の色は消えた。
エジプトでは2月の政変後もインフレ率約10%の物価高騰が続き、失業率は高止まりしたまま。政情不安と治安悪化の影響で、主要な外貨収入源である外国人観光客も激減し、経済はますます疲弊している。
タクシー運転手の男性は「デモ隊が暴れると仕事が減る。はっきり言って迷惑だ」と吐き捨てる。「デモの時は危険で交通もマヒするので、仕事に行けない」とタハリール広場近くに勤務する30代女性は漏らす。

「急速な変革」を目指す民主化勢力と、「暮らしの安定」を望む市民。両者の距離は、混乱が長引くにつれて開いている。非常事態令解除が市民に安心感を与え、強硬な民主化勢力への嫌悪を強めそうだ。このことが軍部の狙いでもある。

人民議会が招集された今月23日、カイロ中心部の同議会周辺では、数百メートル離れたタハリール広場とは対照的に、各党の支持者ら数千人が集まり、議会選の成功を祝った。曲がりなりにも民主的な選挙が実現し、軍主導の民主化プロセスが進む中、民主化グループは、求心力を失いつつある。【1月25日 産経】
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軍による暫定統治を批判して「急速な変革」を目指す民主化勢力が一般市民からの支持を失いつつあることが、非常事態令解除に向けて軍を後押ししたと思われます。

“軍に対する民主化要求デモなどが縮小するなど、国内情勢が安定したと判断したのも要因とみられる。非常事態令はムバラク前大統領が81年、大統領に就任した直後に発令した。令状なしでの市民の拘束が可能で、言論の自由を制限する道具として使われてきた。暫定統治中の軍最高評議会はイスラエル大使館襲撃事件などを受け、非常事態令の適用強化を打ち出し、「民主化の流れに逆行している」という批判にさらされていた。”【1月25日 毎日】

イスラム勢力は軍刺激を避け、民政移管後を照準に
エジプトでは、昨年11月から今年1月まで実施された人民議会選挙を受け、今後、民主国家の基礎となる新憲法制定手続きが本格化し、6月までに大統領選が行われる予定となっています。
人民議会選挙では、穏健派イスラム原理主義団体「ムスリム同胞団」系政党が第1党となり、イスラム系の2大政党で議席の4分の3近くを獲得しており、新憲法制定に向けた動向が注目されています。

****民政移行へ、人民議会を初招集 エジプト****
エジプトで23日、ホスニ・ムバラク政権の崩壊を導いた民衆蜂起後初めて、選挙で選ばれた人民議会(下院、公選議席498)が招集された。
これまでの人民議会はムバラク政権与党が議席をほぼ独占していたが、新たな議会ではイスラム系の2大政党が議席の4分の3近くを獲得、政治の中心舞台に躍り出た。

初議会では、選挙で第1党となった穏健派イスラム原理主義団体「ムスリム同胞団」系の「自由公正党」のカタトニ幹事長を議長に選出し、副議長には厳格なイスラム原理主義を掲げる「ヌール党」とリベラル政党のワフド党から各1人を選んだ。

カタトニ新議長は、「われわれは新しいエジプト、憲法に基づき民主的で現代的なエジプトを建設したい」と述べた。
国民の多くは、新しい人民議会を民政移行の最初の印ととらえている。【1月24日 AFP】
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全議席の47%を占めて第1党となった穏健派イスラム主義の「自由公正党」は、副党首にキリスト教徒を迎えて「市民政党」の体裁を取り、「イスラムの価値観を重視するが、宗教国家は目指さない」とするのに対し、約25%で2位となった急進派イスラム主義の「光の党」は、観光客への酒類提供禁止など、より厳格な形でのイスラム法の導入を求めているとされています。【1月23日 朝日より】

今後の憲法制定を巡っては、特権維持を図りたい軍部と、イスラム主義を盛り込みたいイスラム勢力の間でせめぎ合いが予想されていますが、「自由公正党」は当面は全面に出ることを避けて軍をあまり刺激せず、大統領選後の民政移管に照準を合わせているとも報じられています。ムスリム同胞団は長年、強権政権の弾圧に耐えてきただけに、その選択は非常に現実的です。

ムバラク政権を崩壊させた「アラブの春」は、そうした現実政治とは一線を画した若者を中心とした人々の怒りでしたが、ムバラク政権崩壊後も依然として残存する軍部支配体制という現実に向き合っていくためには、やはり現実的な対応が必要とされる・・・というところでしょうか。

****エジプト、選挙後緊迫 第1党イスラム系、民政化後照準****
・・・・反ムバラク政権デモに加わった青年らによる新党や世俗・左派政党は伸び悩み、福祉活動などを通して草の根組織を作り上げてきたイスラム系政党の強さが浮き彫りとなった。

過半数にやや足りない自由公正党は各派に連携を呼びかける一方、全権を握るエジプト軍最高評議会が昨年11月に任命したガンズーリ首相の退陣は求めない構えだ。
長引くデモや経済の混迷などで内政の混乱が続いており、当面は「だれがやってもうまくいくはずがない」(地元記者)という状況だ。議長ポストは握るが、6月末までの実施が予定される大統領選までは現行の内閣に任せ、新憲法制定と、軍部が大統領選後としている民政移管を待ち、改めて自派中心の内閣を発足させる戦略とみられる。

自由公正党は、光の党に対しては副議長ポストを提示して連携を求める一方、恒常的な統一会派の結成は否定している。
エジプトのシンクタンク、アハラム戦略研究所のハサン・アブターリブ研究員は「自由公正党は現実主義で、欧米との関係も重視している。光の党は政治経験に乏しく急進的で、立場が異なる。各党が課題ごとに是々非々で連携し『議会制民主主義の訓練』を行うことになる」とみる。 【1月23日 朝日】
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軍は、従来の統治構造を維持したいとの思惑
一方、軍部は、民政移管後も従来の統治構造を維持したいとの思惑があり、新憲法制定にその影響力を行使しようとしています。

****人民議会開会 新憲法議論 エジプト民主化、試金石 軍部、影響力保持を画策****
昨年2月のムバラク前政権崩壊後初の民主選挙で選ばれたエジプト人民議会(下院、508議席)が23日、開会した。同議会は6月末までに実施される大統領選と民政移管に向け、新憲法制定に関与するなど重要な役割を担う。制憲プロセスでは暫定統治を行う軍最高評議会との摩擦も予想される中、議会が事実上の翼賛体制だった前政権時代と完全に決別できるかが、同国の民主化を占う鍵となる。
(中略)
議会は、今月29日から選挙が行われる諮問評議会(上院)とともに、憲法起草委員会を選出する。軍部は「新議会の議員100人の委員会に起草にあたらせる」としていた当初の方針を変更。地元メディアによると、現在では委員の大部分を軍が任命し、一部だけが議会から選ばれる方式が検討されている。

軍が新憲法制定に影響力を残そうとするのは、従来の統治構造を維持したいとの思惑があるためだ。
前政権までのエジプトでは、予算から立法まで強大な権限を持つ大統領を軍が歴代輩出し、議会審議なしで予算承認を得るなど多くの恩恵を享受してきた。
軍は軍需工場や民生品用の工場を多数保有、「軍関連産業だけで国内総生産(GDP)の約4割」(アナリスト)といわれ、それらの経営で議会からチェックを受けることもなかった。軍としては、新憲法で大統領権限が弱まり、既得権益にメスが入るのを恐れている、というわけだ。

しかし、強大な権限を持つエジプトの大統領制はこれまで迅速な意思決定を可能にしてきた半面、不正の温床にもなってきた。このため民主化勢力の中には、新憲法では大統領権限を大幅に縮小し、議会や首相の権限を拡大すべきだとする主張も少なくない。

自由公正党のカタトニー氏も産経新聞の取材に、「将来的には議会中心の政治が好ましい」と話している。ただ、現段階では軍部を刺激しないよう、同党を含む多くの政治勢力が、軍の特権的地位に配慮した発言をしているのが実情だ。軍と付かず離れずの関係を保ちつつ、徐々に本格的な内閣樹立を狙うのが同党の戦略との見方もある。【1月24日 産経】
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今後の情勢としては、軍の権限、宗教と国家の関係が注目される新憲法制定に向けて、既得権益維持を狙う軍部と、あまり軍を刺激せず民政移管後を視野に入れたイスラム政党の駆け引きを軸に、そうした“生ぬるい”駆け引きや軍政継続・軍の特権維持を批判し、即時の「民主化」を要求する、若者を中心とする民主化グループの抵抗が絡んで展開する形が予想されます。

軍を批判して、エルバラダイ氏が不出馬を表明
新憲法制定後、6月末までに行われる予定のエジプト大統領選については、国際的には著名なIAEA前事務局長エルバラダイ氏が、民政移管後も軍の統治構造が変わらないことを批判して撤退を表明しています。

****エジプト大統領選、波乱含み****
6月末までに行われる予定のエジプト大統領選は民政移管の最大のゴールだ。しかし、最近、出馬に意欲を示していた国際原子力機関(IAEA)前事務局長エルバラダイ氏が不出馬を表明、波紋を広げている。

今月14日、エルバラダイ氏は、報道向け声明で、エジプトは現在も「旧体制」によって支配されている、との持論を展開。現状のままでは、新大統領に権限が移されても、実質的に軍部が権力を握る従来の統治構造に変化はないだろう、と暫定統治を担う軍最高評議会を強く批判した。

外交官出身で海外暮らしが長い同氏は、エジプト国内に強固な基盤を持っておらず、大統領選での勝利は難しいとみられていた。ただ、その抜群の知名度から、氏の発言は一定の影響力を持つとみられる。エルバラダイ氏が、軍主導の民主化プロセスを拒絶する形で選挙から撤退したことで、他の立候補予定者からは「反軍政デモが活性化するかもしれない」といった指摘が出ている。

一方、大統領選には、軍出身でムバラク前政権で最後の首相となったアハマド・シャフィク氏も意欲を示している。正式な出馬表明はしていないものの、すでに支持組織とともに各地で政治集会を開いている。同氏は軍と関係が深いだけに、財界人らの支持を得る可能性がある。半面、軍の影響力排除を狙う民主化勢力は反発するとみられ、選挙の混乱要因ともなりかねない。【1月25日 産経】
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上記以外の有力視される大統領候補者は、アラブ連盟の事務局長も務めていたアムル・ムーサ元外相とテレビの宗教番組をいくつも持つ著名弁護士のハゼム・サラハ・アブ・イスマイル氏と言われています。
ムーサ元外相は外交面の経験は申し分ない一方で、前政権とのつながりも指摘されています。
イスマイル氏はムスリム同胞団と連携する厳格なイスラム教徒です。【1月4日号 Newsweek日本版より】

「アラブの春」を民主化として具体化させるまでには、まだ多くのハードルがあるようです。
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