
(ソマリア海賊の活動範囲と自衛隊活動海域 【2011年7月18日 朝日】)
【海賊はなくてはならない地域の“主要産業”】
事実上の無政府状態が続くアフリカ東部ソマリアでは、「海賊」による外国船舶乗っ取りが続いていますが、これといった産業もない地元では海賊行為による身代金がひとつの“ビジネス”として確立しており、海賊で大金を稼ぐことが地元民の憧れにもなっているという話はよく聞きます。
下記記事もそんな状況を伝えるものですが、欧州経済危機の影響で、EUのソマリア海賊対策が困難になっているとも報じています。
****身代金で住宅開発 ソマリア海賊 欧州危機影響、EUの艦船派遣半減****
ソマリアの海賊が2010年に計2億5千万ドル(約192億円)の身代金を稼ぎ、拠点のある北東部の自治政府「プントランド」などで住宅開発が急ピッチで進められていることが英シンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス)の報告書でわかった。
海賊対策には年間最大120億ドルもかかり、債務危機に苦しむ欧州連合(EU)が派遣する艦船は半減、対策の見直しが急務になっている。
英ブルーネル大のショートランド教授が衛星写真で住宅の建設状況などを調査、海賊が手にした身代金の経済効果を分析した。それによると、プントランドの中心都市ガロエでは住宅が倍増し、大きなビルが建設されていた。交通量が増え、遠距離通信用の塔が3つも新設されていた。
海賊の出撃拠点のひとつ、エイル港でも新しいビルや住宅が建てられ、自家用車の数が増えていた。ガロエや北部ボーサーソなどの夜間照明は07~09年にかけ、明るさを増していた。
こうした成長を支えているのが身代金収入だ。
昨年2月、インド洋でソマリアの海賊に乗っ取られたイタリア船籍の石油タンカーが12月に解放された。乗組員22人の身代金は1150万ドルだったとされる。
海賊1件当たりの身代金は08年当時は69万~300万ドルだったが、10年に最大900万ドルに急騰。これに対して、プントランド自治政府の年間予算は1760万ドル。海賊はなくてはならない地域の“主要産業”になっている。
EUは海賊対策のためソマリア沖周辺で初の海軍作戦「アトランタ」を発動、08年には常時10隻の艦船を派遣していた。しかし、欧州債務危機が深刻化して昨年は同6隻に減少、今年は同5隻に減る見通しだ。
一方、ソマリア海賊はアラビア海やインド洋まで活動範囲を広げ、11年1~9月期199件と08年同期の63件から急増した。このため「北大西洋条約機構(NATO)や日本などと協力して全体で25隻の艦船を確保している」(EUアトランタ作戦のハリソン司令官)のが実情だ。
ソマリアでは20年以上も内戦が続き、自治政府などが海賊を抑えるのは難しい。チャタムハウスのミドルトン元研究員は「海賊対策費は身代金被害総額の50倍近くに達しており、海賊に代わる地域産業の育成など抜本的な対策の見直しが必要だ」と指摘している。【1月19日 産経】
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【米:日本が単に海賊対策にとどまらず東アフリカ・中東地域に広く関与することに期待感】
ソマリアの海賊対策には、日本も隣国ジブチを拠点に、護衛艦とP3C哨戒機による活動を継続しています。
****海賊対策で飛行600回=ソマリア沖派遣のP3C―自衛隊****
アフリカ・ソマリア沖に海賊対策で派遣されている海上自衛隊のP3C哨戒機が1日、600回目となる任務飛行を達成した。
海賊対策は2009年3月に始まり、当初は護衛艦2隻が民間船舶の警護に当たったが、同年6月からは2機のP3Cも参加。上空から不審船に関する情報を護衛艦などに伝えている。【1月1日 時事】
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海自による海賊対策については、アデン湾海域で行われており、大音響や射撃による警告に従わず、不審船が商船に接近を続けた場合、当初正当防衛や緊急避難の場合しか認められていなかった不審船への船体射撃が可能とされています。また、日本船舶に限らず外国籍船もすべて護衛可能となっています。
このジブチの拠点(基地)は、南スーダンでの陸自のPKOにも関与するのでしょうか?エチオピアを挟んで、距離的には比較的近いようですが。
“ホルムズ海峡封鎖”など何かと問題の多い中東からも、そんなに遠くは離れていません。
将来的には、自衛隊の中東・アフリカにおける活動拠点でしょうか。
なお、ジブチには、アメリカのアフリカ唯一の基地もあるようです。
****ソマリア海賊対策、手詰まり 自衛隊はジブチに新拠点****
役割拡大、他国から期待
日本政府は開所式の翌日、P3C哨戒機2機、護衛艦2隻という現在の態勢のまま、自衛隊の派遣をさらに1年延長することを閣議決定した。しかし、芦田氏は「海上警備の広域化」を求め、補給艦の追加派遣を要望している。海上自衛隊は「その余裕はない」という立場で、「脅威の拡散」に対応する態勢はできそうにない。
いずれにしろ、日本は事実上の「基地」までつくって海賊問題に本格的に関与する姿勢を示した以上、簡単に撤退するわけにはいかなくなった。
新美潤・駐ジブチ日本大使も「撤収する『大義』は当面見つからないのが実情だ。問題解決の即効薬も万能薬もない現状では『根治療法』として対ソマリア支援を行いつつ息の長い努力を続けていくしかない」と話す。
さらに「問題が長期化する可能性が高いことを考えれば、自衛隊の海賊対処活動を強化・拡充することには慎重な判断が必要だ」と指摘。「出口」が見えない現状では自衛隊の役割拡大に乗り出すべきではないとの考えを示した。
一方、米軍のフランケン司令官は「特定地域に限定して活動を考えることが許される時代はすでに過去のものとなった。日本の国民も今回開設した基地を考えるにあたって、そういう視野をもった方が良いかもしれない」と語り、日本が単に海賊対策にとどまらず東アフリカ・中東地域に広く関与することに期待感を示した。ユスフ外相も、独立間もない南スーダンへの自衛隊派遣について「それは良いことだ」と歓迎する考えを明らかにした。【11年7月18日 朝日】
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【ソマリアの未来に新しい希望を開く・・・】
海賊対策の基本が、事実上の無政府状態にある“陸上”を何とかすることにある・・・ということは誰も認めるところです。
その“陸上”では、イスラム武装組織が首都モガディシオから撤退したこと、隣国ケニア・エチオピアの軍事介入が行われていることは、1月14日ブログ「ソマリア イスラム武装組織シャバブ掃討に一定の進展は見られるものの・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120114)でも取り上げたところです。
そうした情勢で、若干は安定化の方向に進んでいるのか、国連が首都モガディシオに、17年ぶりに事務所を開設したことが報じられています。
****国連、ソマリア首都に事務所 17年ぶり本格拠点****
国連は24日、内戦が続くソマリアの首都モガディシオに事務所を開設した。国連が首都に本格的な拠点を置くのは17年ぶり。治安情勢は依然不安定だが、和平実現に向け暫定政府を支援するため、開設に踏み切った。
国連によると、ソマリア担当のマヒガ国連事務総長特別代表が24日、モガディシオの空港に到着、出迎えた暫定政府幹部らに対し、「国連の事務所開設が、ソマリアの未来に新しい希望を開くことを心から望む」と語った。
1991年から内戦状態に陥っているソマリアでは、治安悪化のため95年に国連平和維持活動(PKO)の参加部隊と当時の事務総長特別代表が撤退した。その後、国連はソマリアを所管する事務所を隣国ケニアに設置していた。【1月26日 朝日】
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【「米市民の安全確保のためなら、あらゆる手段を辞さない」】
また、海賊だかイスラム武装組織だかよくわかりませんが、武装グループによって誘拐・拘束されていた米国人とデンマーク人の地雷除去活動家を、アメリカ海軍特殊部隊が急襲し、人質を救出したことが報じられています。
****ソマリアで人質2人救出、米特殊部隊が武装勢力を急襲****
米海軍特殊部隊シールズが25日未明、アフリカ東部ソマリアの武装勢力を急襲し、3か月にわたって人質となっていた米国人女性とデンマーク人男性を救出した。
救出されたのは、ソマリアで地雷撤去などの活動を行っていた米国人のジェシカ・ブキャナンさん(32)とデンマーク人のポール・ティステズさん(60)で、ともにデンマークの人道支援団体職員。前年10月25日にソマリア中部ガルムドゥグ州で武装グループに誘拐され、身柄を拘束されていた。
ブキャナンさんの健康状態が悪化しているとの情報を受け、バラク・オバマ米大統領が23日夜、救出作戦決行を指示。ヘリコプター6機余りによる急襲作戦が実行されたという。武装グループ側は9人全員が死亡した。
ブキャナンさんとティステズさんは2人とも無事で、報道によれば現在はアフリカ唯一の米軍基地がある隣国ジブチで治療を受けているという。
オバマ大統領は声明で、「米国は断じて自国民の拉致を容認しない。米市民の安全確保のためなら、あらゆる手段を辞さない」との声明を発表し、救出作戦について「米国民への脅威に対し米国は毅然と対応するという世界へのメッセージ」だと述べた。
「アフリカの角」とも称されるソマリアは、20年間に及ぶ内戦で無政府状態が続き、各地でイスラム武装集団や海賊が勢力を奮っている。【1月26日 AFP】
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救出作戦にあたった米海軍特殊部隊シールズ(SEALS)は、パキスタン潜伏中のアルカイダのオサマ・ビンラディン容疑者を殺害したことでも知られています。オバマ大統領は24日夜の一般教書演説で、SEALSによるビンラディン容疑者殺害をたたえたそうですが、今回の成果も、とかく“弱腰”批判のあるオバマ大統領にとっては、再選に向けての得点となることでしょう。
映画「ブラックホーク・ダウン」で描かれたように、ソマリアでは93年、民兵の攻撃により作戦遂行中の米軍2機のヘリコプター、ブラックホークがロケット弾RPG-7によって撃墜され、その救出に向かった米軍兵士と民兵の間で激しい市街戦が行われました。その結果、米兵18人とマレーシア兵の国連軍兵1人が死亡し、73人が負傷する大きな犠牲を出しました。
更に、戦闘後、死亡した米兵の遺体が裸にされて住民に引きずり回される映像が公開され、アメリカ社会に衝撃を与え、これを契機にアメリカはソマリアPKOから撤退することになります。
この事件がトラウマとして残り、アメリカはその後のソマリアへの介入に消極的だとも言われていましたが、今回の米海軍特殊部隊シールズなどを見ると、そのトラウマも克服しつつあるのでしょうか。
良きにつけ悪しきにつけ、アメリカのように軍事介入を辞さない国がないと、紛争などの問題が進展(あるいは、悪化)しないのが現実です。