
(北京のアメリカ大使館で2日、松葉杖で歩く陳光誠氏の左腕を支えるアメリカのロック駐中国大使(中央)と、陳氏の左手を握りしめながら歩くキャンベル国務次官補。陳氏らはこのあと、病院に向かいました。これで一件落着かとも思われたのですが・・・ “flickr”より By U.S. Department of State http://www.flickr.com/photos/statephotos/6989720992/ )
【中国側:“異例の柔軟な対応”】
中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏の問題については、本人希望で中国国内の病院へ移り、中国側が陳氏の大学での勉学も認めるという形で解決したかに見えましたが、その後、陳氏がアメリカへの出国を希望すると同時に、アメリカ側の対応に「米国に裏切られたと感じている」との不信感を示すなど、迷走している感があります。
この事態に、中国側は陳氏の出国を認める意向を明らかにしています。
中国政府は当初陳氏に対し、国内の七つの大学を示し、学費や生活費を政府がすべて負担すると提案。山東省の地元当局による陳氏や家族への弾圧についての調査も約束したとされており、“異例の柔軟な対応”と受け止められていました。【5月4日 朝日より】
今回、国内からの「弱腰外交」批判が懸念される中で、更に本人希望を尊重して出国を認めるというのは、“異例中の異例”とも思えます。
事をこれ以上荒立てたくないという、高度な政治的判断の結果でしょう。
****盲目の人権活動家、中国が出国容認の意向 新華社配信****
中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏(40)が米国への出国を求めている問題で、中国外務省の劉為民報道官は4日、「陳氏が海外留学を望むなら中国の一市民として、正規のルートで関連の手続きをすることができる」との談話を発表した。
国営新華社通信が配信した。米国への出国を希望している陳氏の意向を容認するとの中国政府の姿勢を示したものとみられる。【5月4日 朝日】
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【「しばらくの間は手を出さないだろうが、報復し始めたら本当に怖いぞ」】
陳氏が、「中国にとどまれば生きていられない。家族全員の出国に向け、手段を尽くしてほしいとオバマ米大統領に伝えたい」と、アメリカへの出国に翻意した経緯については、今後の中国政府の対応に関する支援者らの忠告があったと報じられています。
****「報復怖いぞ」忠告受け不安に ****
実際のところ、陳氏は米大使館の中で深く悩んでいたようだ。
安全の確保を条件に国内に残るという案について、陳氏は外部の専門家と相談することを要求。中国の国内法に詳しいジェローム・コーエン・外交問題評議会研究員(米国在住)に「信頼できるのはあなただけだ」と国際電話で助言を求めた。
コーエン氏によると、4月30日に電話で話したときは、陳氏は恐怖心を抱いているようだったという。翌5月1日、過去の亡命の事例も含めて様々な検討をした結果、オバマ大統領が陳氏の処遇について声明を発表するのであれば、提案を受け入れることで一致したという。
しかし、陳氏は2日、米国大使館を離れ北京市内の病院に入ってから、急速におびえを募らせた。
「私たちはみな恐ろしいリンチを受けてきた。(当局は)しばらくの間は手を出さないだろうが、報復し始めたら本当に怖いぞ」
2日夜、陳氏と電話で話した法律家の滕彪氏は、陳氏に亡命を強く勧めたやりとりを公表した。
滕氏らの忠告を聞いた陳氏は「米大使館の職員は私たちに付き添うと言ったのに帰ってしまった。大使館に電話してもつながらない」などと訴え、不安を募らせた。
同じようにおびえる妻、袁偉静氏の意向もあって出国に気持ちが傾き、支援者やメディアにその思いを訴え始めたようだ。陳氏は3日、中国に居続ければ、家族が迫害を受けたり、友人との接触が制限されたりする恐れがある、とロイター通信に語った。
こうした陳氏の心の揺れ動きに、中国の民主・人権活動家の多くは「無理もない」と理解を示す。
山東省の地元当局による堕胎の強要に抗議した陳氏は2006年に懲役4年3カ月の実刑判決を受けた。10年に出所してからも自宅に軟禁され、5年以上、外の世界と隔絶されてきた。
人権派の作家は「当局が弾圧を強めた近年の現状について情報が少なく、考え方に甘さがある。支援者らの忠告で気持ちが変わるのは極めて正常だ」と話す。
中国外務省は3日も、「中国は法治国家であり、あらゆる市民は憲法と法律の保護を受ける」と強調した。が、陳氏の支援者でその言葉を額面通りに受けとめる人はいない。
中国の人権派弁護士は米政府の対応を強く批判する。「米大使館を出た以上、陳氏の命運を中国政府が握ることは自明の理。米政府が合意はそのまま守られると信じていたなら、あまりに幼稚だ」【5月4日 朝日】
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【「米国は私を守ってくれないと感じている」】
アメリカ側は、陳氏の意向を十分に尊重してきたとして、当惑を隠せずにいます。
ところで、中国系アメリカ人としてアメリカ史上初めて州知事(ワシントン州)、中国大使となったロック大使ですが、中国語は話せるのでしょうか?
****米中、決着急いだツケ 達成感一変、戸惑う米政府****
・・・・米政府高官は「陳氏は亡命を希望したことはなかった」と説明する。
ただ、米国のロック駐中国大使によると、「(亡命もせず大使館も離れなければ)大使館に何年もとどまることになるかもしれないと(陳氏は)自覚していた」という。
陳氏は1日、米中両政府で話をまとめた、この解決案をいったんは拒否。温家宝(ウェン・チアパオ)首相と直接話すことを求めたが、認められなかった。
状況が変わったのは2日、家族を北京に連れてくるという要求を中国政府が受け入れ、電話で妻と話した後だった。
ロック大使らは最終的にどうするかを改めて聞いた。陳氏は数分間考えた後、突然立ち上がり、「(病院に)行こう」と言ったという。【同上】
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しかし、陳氏は「大使館では友人に電話もかけられず、事態がどうなっているか十分な情報を持ち合わせていなかった」と、アメリカ側の対応に不信感を示しています。
****中国・陳氏、「身の危険」訴え海外脱出希望 米大使館から退去圧力か****
・・・・陳氏によると、当初は海外への亡命を望んでいなかったが、2日に米大使館を出た後、自分と家族の安全を考えて気持ちが変わったと話し、「米国は私を守ってくれないと感じている」とも述べた。
■米国側が退去圧力?「家族に脅迫」の情報も
これに先立って陳氏は、現地時間3日午前3時(日本時間同4時)ごろ米CNNテレビの取材にも応じ、バラク・オバマ米大統領に向けて「私の家族が脱出できるよう、全力を尽くしてほしい」と懇願している。
病院のベッドで妻に伴われた陳氏は、米大使館から退去するよう圧力を受けたと主張。「大使館は病院への人員派遣を約束し、何度も退去を促してきた。だが今日の午後に私が入院したら、皆すぐにいなくなってしまった」と述べ、大使館側の対応を非難した。
米人権団体チャイナ・エイドの声明によれば、陳氏は「中国側の提案を拒否すれば『家族に危険が及ぶという中国政府による深刻な脅迫』」を受け「仕方なく米大使館を後にした」という。
一方の米当局は、米中戦略・経済対話のためヒラリー・クリントン米国務長官が中国に到着した後の声明で、陳氏が大使館を離れたのは、中国側が陳氏とその家族への「人道的」扱いと安全な場所への移動を約束したためと説明している。
ビクトリア・ヌーランド米国務省報道官は、脅迫があったという情報を否定。ただし、仮に陳氏が大使館にとどまれば、陳氏の家族は山東省の自宅へ送還されると中国高官が言明したことは認めた。
山東省の陳氏の自宅では度重なる虐待が行われていたとされ、陳氏はCNNに対し、同氏の脱走後、妻が警察によって2日間にわたって自宅の椅子に縛り付けられ、棒で殴り殺すと脅されていたと話している。【5月3日 AFP】
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陳氏とアメリカ側の間の意思疎通がうまく行っていなかったことが窺えますが、米中戦略・経済対話の前に事態を解決したい思いから、陳氏本人の意向確認及び長期的な安全への配慮が十分でなかったと思われます。
【アメリカ議会公聴会に直接電話】
なお、陳氏は3日、アメリカ議会公聴会に直接電話をかけ、アメリカへの出国に向けた協力を訴えています。
****中国の人権活動家・陳光誠氏、米公聴会に直接電話****
軟禁されていた中国山東省の自宅から脱出し、北京の米国大使館に保護されていた盲目の人権活動家、陳光誠氏(40)が3日、北京市内の病院から米議会の公聴会に直接電話をかけ、米国への渡航に力を貸してほしいと述べた。
陳氏は自宅軟禁から脱出した後、6日間にわたって北京の米国大使館で保護されていたが、2日に大使館を出て病院に移っていた。
陳氏の迫害に関する公聴会に出席していた在米の人権擁護団体「対華援助協会(CHINAaid)」の傅希秋代表が陳氏の声をマイクで部屋全体に流し、その言葉を通訳した。
傅氏によると陳氏は、「しばらく静養のため米国へ行きたい」ので、「渡航の自由を保証してほしい」と述べ、「家族の命が本当に心配だ。中でも今最も気にかかっているのは母と兄の安全だ。彼らがどうなっているか、非常に知りたい」と訴えた。
さらに傅氏は、陳氏は亡命を求めておらず、静養をしたり、あるいは治療を受けるために米国に来ることを望んでいる、と述べた。
■クリントン長官との面会も求める
異例の事態に驚いた傍聴者や報道陣が見守る中、陳氏は同公聴会の議長を務めたクリス・スミス下院議員に「クリントン長官に会い、さらなる支援を要請したい」とも述べ、現在北京を訪問中のヒラリー・クリントン国務長官に直接面会することを求めた。(中略)
陳氏に関する質問を矢のように浴びたジェイ・カーニー米大統領報道官は、バラク・オバマ大統領は中国との「広範な」関係性の中で引き続き人権を優先事項とするだろうとだけ述べ、この問題への詳しい言及を避けた。【5月4日 AFP】
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【「自由にとって暗黒の日であり、オバマ政権にとっても恥だ」】
中国としては、この手の案件に関しては、海外へ亡命させることで沈静化を図る(実質的国外追放 出国すれば、時間とともに国内への影響力は薄れる)という方針が通常ですから、結果的にアメリカ出国という形になったのは、この線に沿うものでしょう。
ただ、先述のように、一旦は国内残留を認めたうえで、更に、アメリカ出国も容認するという“異例中の異例”の対応と思われます。上記報道のように、アメリカ議会公聴会への電話を認めるというのも驚きです。
“異例の判断は改革派が勢いを増しているとも言われる指導部レベルで下された可能性もある”【5月2日 毎日】との指摘もあります。
また、陳氏が米大使館にいるとき、改革の必要性を主張している温家宝首相と話をしたいと求めていたことも興味深いところです。
重慶トップの解任などで“権力闘争”も取り沙汰されている中国指導部に、今回事件がどのように影響を与えるのか注目されます。
本来は、陳氏のような政府批判者を拘束すること、また、山東省治安当局の陳氏とその妻への暴行など、人権問題への対応・変革が求められるところですが、なかなかそこまでは・・・。重慶市の問題など、緩み始めたタガの引き締めという線もあるでしょう。
アメリカ・オバマ政権にとっては、厄介な展開です。
陳氏の意向を十分に把握せずに、大使館退去へ圧力をかけて中国との問題解決を急いだ・・・となると、大統領選挙のさなか、格好の批判材料ともなります。
****「オバマ政権の恥」=陳氏めぐる対応批判―ロムニー氏****
米共和党の大統領候補となるロムニー前マサチューセッツ州知事は3日、中国の人権活動家、陳光誠氏の処遇をめぐる対応は「オバマ政権の恥だ」と厳しく批判した。
ロムニー氏は、米政府が陳氏に圧力をかけて米大使館からの退去を急がせ、同氏と家族の安全確保を怠ったと報じられているとし、こうした報道が事実とすれば「自由にとって暗黒の日であり、オバマ政権にとっても恥だ」と糾弾。「自由のために立ち上がるべきだ」と述べ、陳氏と家族の保護を求めた。【5月4日 時事】
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大統領選の結果を左右するとみられる南部フロリダ、中西部オハイオ両州など「スイング・ステート(揺れる州)」実施した世論調査で、オバマ大統領のロムニー氏へのリードが縮まったことが報じられている状況【5月4日 時事】ですから、オバマ政権としては頭が痛いところでしょう。