(23日カイロ 投票所の前で列をなして開場を待つ女性有権者 “flickr”より By rassdphoto http://www.flickr.com/photos/79169928@N07/7256651004/ )
【混戦の有力4候補】
「アラブの春」でムバラク政権が崩壊したエジプトでは、23,24日に初の自由な大統領選挙がおこなわれました。
事前の報道では、有力候補は、アムル・ムーサ前アラブ連盟事務局長(75)、アフマド・シャフィク元首相(70)の世俗派と、穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団傘下の自由公正党のムハンマド・モルシ党首(60)、元同胞団幹部のアブドルメナム・アブルフトゥーハ氏(60)のイスラム勢の4名とされています。
ただ、後述のように、左派のハムディン・サバヒ氏の名前があがるなど、この種の報道がどこまで現状を反映しているかは、よくわかりません。
ムーサ前アラブ連盟事務局長は、ムバラク政権で外相を務め、イスラエルへの強硬姿勢から人気を高めました。
しかし、「ムバラク前大統領に人気を危険視された」(元エジプト外務省幹部)から、外相を外され、アラブ連盟事務局長就任に祭り上げられています。
昨年1月に反政権デモが起きると早々とこれを支持し、大統領選への立候補の表明も早い段階から行っています。
“「貧困対策を最優先する」「安全保障評議会をつくり、閣僚と軍の高官で軍事・外交政策を協議する」と打ち出し、貧困層や、内外政の急激な変化を懸念する軍部と国際社会への「全方位外交」を欠かさない。
同胞団のシャーティル氏や、ムバラク氏の側近だったスレイマン前副大統領らの有力候補が選挙管理委員会の審査で失格になるなか、「妥協先」として注目され、世論調査では首位だ。半面、「旧政権の残党」「八方美人」との批判もある”【4月29日 朝日】
シャフィク元首相は、ムバラク政権最後の首相です。元空軍司令官のシャフィク氏は「軍との人脈のない文民を大統領に据えてもうまくいかない。私ならスムーズな変化を促せる」と、軍との関係をアピールしています。
このため、革命後の治安の悪化に不満を募らせる市民や、イスラム勢力の伸長を嫌うキリスト教徒の一部などの支持を集めていますが、「軍部の手先」との見方も根強くあります。
モルシ党首は、総選挙でその底力を見せたムスリム同胞団の公認候補です。
最強の支持基盤を有していますが、 “(当初、大統領選挙に候補を擁立しないとしていた)同胞団は3月、「軍が国民の意思に反した統治を続けているため」と副団長シャーティル氏の擁立を発表。全権を握る軍最高評議会との対決姿勢を強めた。だが、ムバラク政権下で政治犯として投獄歴があったことから同氏は立候補資格を失い、代わりにムルシ氏が立った”【同上】ということで、選挙戦への出遅れに加え、同胞団にとってムルシ氏が「意中の候補」ではなかったことと、同胞団が「大統領選に候補を擁立しない」とする方針を転換したことが影響して選挙戦序盤では伸び悩みました。また、議会と大統領の両方を同胞団が抑えることへの警戒感もあります。
ただ、同胞団という強力な支持基盤がありますので、終盤、激しい追い上げを見せているとも。
アブルフトゥーハ氏は同胞団幹部でしたが、“候補を擁立しない”という方針に反して立候補を表明、同胞団を除名されています。
同氏は、女性やキリスト教徒の権利擁護を主張するなどリベラルな姿勢を見せ、「イスラム主義者と世俗派をつなぐ」とアピールしています。
その一方で、同胞団より厳格なイスラム主義を標榜する「光の党」も、同党候補のアブイスマイル氏が「母親が米国との二重国籍」だったとして候補失格となったためアブルフトゥーハ氏支持を表明しており、リベラル派とイスラム強硬派の相乗りという形になっています。
暫定統治する軍最高評議会は特定候補を支援しない方針ですが、“軍が歴代政権下で与えられてきた予算面などでの特権温存を狙っており、これに否定的な同胞団候補の勝利を嫌う。シャフィク氏や外相経験もあるムーサ氏を水面下で支援する可能性がある。”【4月30日 時事】とも報じられています。
過半数を得る候補がいない場合、上位2候補が6月16、17日の決選投票に進みます。
“決選投票までに新憲法を制定、7月1日に新大統領に権限を移譲し、民政移管を完了させる”という日程を軍は示しています。【4月30日 時事より】
****ムバラク政権崩壊後初のエジプト大統領選、開票進む****
エジプトで24日に投票が締め切られたムバラク政権崩壊後初の大統領選挙は25日、票の集計が進んでいる。選挙では、国の安定かホスニ・ムバラク前大統領を失脚させた民衆蜂起の理念かのどちらを優先させるかが争点となった。
過去の大統領選挙では常に同じ人物が勝利する、いわゆる「出来レース」だったため、今回の選挙のように勝利の行方がわからないまま結果を待つという経験は、エジプト国民にとって新鮮なものとなった。
5000万人超の有権者たちは、12人の候補者の中から1票を投じることができた。2011年の民衆蜂起前の選挙で見られた暴力や不正とも、ほぼ無縁だった。
投票は前日夕刻に締め切られたが、その数時間後にはエジプト内で大きな影響力を持つイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が、同胞団のモハメド・モルシ候補がリードしているとの声明を発表し、勝利に自信を見せた。ムスリム同胞団は、エジプト全土に広がる強固な組織網を駆使して、全国1万3000か所中236か所の投票所で(独自の)票集計を行った。
同日、ヒラリー・クリントン米国務長官は、エジプトで「歴史的」な大統領選挙が実施されたことに祝意を示し、米国は新たに誕生する政権と協力していく用意があると語った。
エジプトの選挙管理委員会によると、23、24両日に行われた大統領選の投票率は50%前後で、中には有権者が数時間も列に並ぶ投票所もあったという。
25日には、国内各投票所の集票結果が徐々に明らかになる見込みだが、公式の結果発表は27日に予定されている。【5月25日 AFP】
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【モルシ氏とシャフィク元首相の決選投票?】
有力4候補の混戦から誰が抜け出すのかは、報道によっても様々で、集計結果が出ないとわかりません。
ムスリム同胞団は、独自集計で“同胞団のモルシ候補が得票率30%でトップに立ち、シャフィク元首相が同22%で2位につけている”と発表しています。
また、リベラルな有権者の支持を最終盤に固めた左派のハムディン・サバヒ氏(57)がシャフィク氏を猛追して2位争いをしているとも地元紙は報じています。【5月25日 毎日より】
公式結果発表は29日の予定です。
日本の選挙では、事前の世論調査でほぼ結果が予測されていますし、投票日の出口調査で当落がすぐに判明し、開票率0%で当確がだされます。
それに比べれば、投票結果が予測できない争いというのは、選挙らしい選挙とも言えます。
【「もし前政権の人間が勝てば、すぐにタハリール広場でデモだ!」】
一方、激しい選挙戦の結果、選挙後の混乱も懸念されています。
世俗派が勝利すれば、軍部とのつながり、旧体制存続への批判が高まりそうです。
****エジプト、深まる対立 大統領選投票開始 民主化で混乱****
昨年2月のムバラク前政権崩壊後、初となるエジプト大統領選が23日、始まった。同国史上初めて、複数候補による民主的な選挙での指導者誕生に期待がかかる半面、有権者の中には「本当に公平な選挙になるのか」と疑問の声も。選挙戦を通じ、体制支持派とイスラム勢力との対立も深まっており、新大統領選出後も混乱が続く可能性がある。
◆負ければデモ
「もし前政権の人間が勝てば、すぐに(首都カイロ中心部の)タハリール広場でデモだ!」
エジプト最大のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団に属するアブドルラフマン・ムハンマドさん(28)はこの日、朝から長蛇の列ができたカイロの下町サイエダ・ザイナブの投票所で順番を待ちながら、早くもこう“宣言”した。
政府系紙の世論調査によれば、13人が出馬した今回の選挙ではアムル・ムーサ元外相(75)とアハマド・シャフィク元首相(70)の世俗主義派2人が他候補をリード。これを同胞団傘下、自由公正党のムハンマド・モルシー党首(60)と同胞団元幹部のアブドルムネイム・アブールフトゥーフ氏(60)のイスラム系2人が追いかける展開だ。
ムーサ氏とシャフィク氏の優勢が伝えられる背景には、政変後の経済混乱が長期化する中、国民の間で「変革」より「安定」を求める心理が強まっているとの事情があるとみられる。
しかし、モルシー氏らの支持者の目には、こうした調査結果も「当局の操作」と映る。暫定統治を担う軍最高評議会に代表される体制側にとっては、前政権の高官だったムーサ氏やシャフィク氏の方が、自分たちの権益を守る上で都合が良いとみられているためだ。
◆民政移管、約束
前政権下のエジプトでは選挙不正が常態化していただけに、公正な大統領選が実現することへの有権者の期待は大きい。
軍部も今回の選挙を民主化に向けた重要なステップと位置づけ、新大統領選出後の速やかな民政移管を約束している。
ただ、このところ軍部との対立が強まる同胞団や、「旧体制打破」を掲げる民主化グループの当局不信は根深く、ムーサ氏やシャフィク氏が当選した場合、不正の証拠の有無にかかわりなく、大規模な抗議行動が起きる懸念は拭えない。(後略)【5月24日 産経】
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イスラム主義候補が勝利した場合、イスラム主義が前面に出てくることへの警戒もあります。
今朝のTV報道でも、すでに議会でイスラム主義政党が多数派となったことで、女性の権利を制限する方向の法案がいくつも出されていることが伝えられていました。
同胞団のモルシ候補は「イスラム法によれば、女性は指導者にふさわしくない」という主旨の発言を公然と行っています。
「アラブの春」の結果、世俗主義的なムバラク前政権より女性の権利が制約されることになる・・・ということもあり得ます。
【「彼らがほとんど競わなかったことがひとつある。政策だ」】
日本の選挙でも、政策は殆んど語られず、ひたすら候補者の名前が連呼されるという現象が見られますが、エジプトでも政策が論じられることはあまりないようです。
****投票先は、神の思し召し〈カオスの深淵〉*****
中東の独裁政権が次々に倒れた「アラブの春」。エジプトでは革命後初の歴史的な議会選挙に多くの政党と候補者が名乗りを上げた。
しかし、彼らがほとんど競わなかったことがひとつある。政策だ。
「地中海の真珠」とたたえられる北部の古都アレクサンドリア。観光客を魅了してきたこの街でいま目立つのは、議会選後も残るイスラム系政党の選挙ポスターだ。あごひげを蓄え、祈りで額を地面に何度もこすりつけてできた「たこ」を強調する顔のアップが、黄土色のビル壁を埋める。
約30年続いたムバラク政権を倒したのは若者たち中心のデモだった。だが1月に確定した議会選の結果は、世俗派の若者たちが苦戦し、イスラム系政党が議席の約7割を占めた。
問われたのは宗教への帰属意識だった。
「政策はムバラク時代から変える必要はない」。第1党になった自由公正党の政策担当、ヌサイバ・アシュラフさん(30)はそう言い切った。担当者がこうなのだから、選挙戦は政策ではなく「エジプトに善を」の抽象的な訴えで乗り切った。
より復古的な「光の党」は、かつて「法は人ではなく神がつくる」と議会制民主主義を否定していた。革命にも冷ややかだったが、第2党に躍進。広報担当のユスリ・ハミドさん(52)は勝因を「神が望んだから」と答えた。
世俗派によると、宗教政党はモスクで「神」の名の下に候補者を推し、投票日には有権者をバスで投票所に運び、パソコンで名簿を調べながら投票漏れを防いだ、という。
「妻も親戚も、イスラム教徒だからって同じ党に投票していた」。世俗派を応援するバドラディン・アッバスさん(55)は嘆く。海岸沿いでカフェを経営するが、客はいない。エジプトは革命後も、治安の悪化や、観光客の減少による景気低迷に悩む。
「議会に神様の仕事はないはずだ」。カイロの薬剤師、モアズ・アブドルカリームさん(28)は言う。世俗派の政党をつくって候補6人を擁立。国民皆保険などの政策を掲げたが、全員落選した。
一方、光の党を支持する水道会社勤務のハサン・アリさん(43)は「政策なんて関係ない。神が示したことに従う。それが大事なのだ」。
独裁後の新しい道を自ら選ぶ選挙ではなかったか。カイロ・アメリカン大のサイード・サデク教授は言う。「独裁体制は、人々を無知のままにするのが都合が良かった。今回わかったのは、選挙も同じだったということだ」
政策への賛否ではなく、帰属意識で投票する人たち。それは、民主化したばかりのエジプトだけの現象だろうか。【4月25日 朝日】
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本来は、エジプトの経済状況は悪化しており、その対策が問われるべきなのですが、そういった選挙情勢にはないようです。
****給油に行列・政変後ゼロ成長…エジプト、疲弊する経済****
23日に大統領選の投票が始まるエジプトで、昨年の政変後の混乱で落ち込んだ経済の立て直しが急務だ。
だが貧困層は物資の入手にも困り、国際支援は宙に浮いたままだ。通貨暴落の懸念も消えない。
民主化を経て、初の自由な直接選挙で誕生する新大統領は重い課題を背負う。
ピラミッドのあるカイロ近郊ギザ。ガソリンスタンドには早朝から、車やミニバスの列ができていた。補助金で1リットル0.9エジプトポンド(約12円)に抑えられた最安ガソリン「オクタン80」の順番待ちだ。
「今日は2時間待った。2カ月前には8時間待ったこともある。仕事にならない」。ミニバス運転手イスラム・マクディさん(25)は嘆いた。
10軒探して「80」の在庫があったのは3軒。それもすぐに売り切れる。次に安い「90」を使うと、月1400ポンド(約1万8200円)の手取りの半分以上が飛ぶ。
住宅街の路上に「80」と書かれたポリタンクがあった。「80」を扱う「闇市場」の目印だ。奥の路地に小型のタンク車が見えた。売値は1リットルが1.5エジプトポンド(約20円)。
昨年のムバラク政権崩壊後に入手が難しくなったのはガソリンだけではない。家庭用ガスボンベやパンにも行列ができる。いずれも補助金で安値に抑えられている。
エジプト経済研究所のマグダ・カンディル所長は「外貨準備高不足で輸入が滞る懸念が広がり、転売を狙った買い占めがこの数カ月間で一段と広がった」と指摘する。警察が横流しや密売を取り締まることもなくなった。
「パンや治安の問題を100日間で解決する」(ムスリム同胞団幹部のムルシ氏)、「治安回復は就任24時間以内だ」(元首相のシャフィーク氏)など、大統領選の有力候補は、生活向上や公共秩序の回復を競うように唱える。ただ、解決は簡単ではない。
ムバラク政権が進めた国営企業の民営化などの開放政策は貧富の格差を広げたものの、経済成長率はここ数年4~7%で推移していた。それが政変後、ほぼゼロに失速した。
観光収入は激減、対内直接投資はマイナスに落ち込み、外貨準備高は政変前から半減した。中央銀行が支えきれなくなってエジプトポンドが急落すれば、生活必需品を含む輸入品の価格が急騰し、社会不安を引き起こしかねない。
頼みの綱は、国際通貨基金(IMF)と交渉中の32億ドル(約2500億円)の融資だ。世界銀行や欧米などから融資を得る呼び水となる。だが、系列政党が議会第1党となったムスリム同胞団は、軍最高評議会が全権を握る現在の状況での決定に難色を示し、決着は先送りされた。
融資で急場はしのげても、いずれ政府歳出の2割近くを占める石油補助金の改革に手をつけざるを得ないとの見方が大勢だ。だが、選挙戦で大統領候補が「痛み」を口にする場面は見られない。外交筋の間では「ムバラク前大統領ですら反発が怖くてできなかったのに、新大統領にできるのか」との声も漏れる。【5月23日 朝日】
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