【逆ギレしたのか、それとも計算づくの行動か?】
中国はこのところ、重慶市トップだった薄煕来氏失脚事件、及びそれに関連する党内の権力闘争に関する話題、また、盲目の人権活動家・弁護士、陳光誠氏のアメリカ出国の問題など、外国メディアの俎上にのぼることが多くなっています。
権力闘争とか人権問題は、中国指導部としては一番敏感な問題であり、こうした一連の事件、外国メディアの報道ぶりに苛立っていることは想像に難くないところです。
実際、外国メディアの“報道過熱”を中国政府や国営メディアは批判してもいます。
そうしたなかで、中東の衛星テレビ局アルジャジーラの記者が国外追放になるという事態も生じています。
****アルジャジーラを追放した中国コワモテの理由*****
重慶スキャンダルや軟禁下にあった人権活動家の脱出など体制を揺るがすスキャンダル続きの中国。逆ギレしたのか、それとも計算づくの行動か
中東の衛星テレビ局アルジャジーラは、英語部門の中国支局が閉鎖に追い込まれたと発表した。中国政府が同局の記者メリッサ・チャンのビザと記者証の更新を拒否したためだ。
チャンは07年から中国に駐在し、経済から政治、外交、人権問題まで幅広く取材を行ってきた。アメリカ国籍の彼女は5月7日の夜、北京からロサンゼルスに向けて出国した。
中国が正式な記者証を持つ外国人記者を国外に追放するのは、14年ぶりのこと。アルジャジーラは、中国政府の決定には失望しているとの声明を出した。
中国国内の新聞や放送局は、当局の厳しい管理下に置かれている。そうした国で起きた今回の出来事は、駐在外国人記者たちの強い反発を招いている。
中国外国特派員協会(FCCC)はツイッターに投稿した声明の中で、チャン追放という中国政府の決定には「愕然として」おり、中国で誰が記者として働くかを決める権利は中国政府ではなく、報道機関にあるとした。
FCCCによれば、アルジャジーラが昨年、中国国内の強制労働収容所の実態を描いたドキュメンタリー番組を放送したことに中国政府は不満を持っていた。ただし、チャンはこの番組の制作には一切関与していない。中国側はさらに、アルジャジーラ英語部門の報道内容全般にも不満を示し、チャンが規則や規制に「違反した」と非難したが、具体的な違反の内容には言及しなかったという。
別の記者のビザ発行も拒否
問題の収容所は反政府活動家などを罰する目的で使われることが多く、アルジャジーラはこうした中国政府による「再教育」の現場を英語放送のドキュメンタリーにまとめていた。この番組には無関係とされるチャンも、中国社会の闇を明らかにする話題を取材することが多かった。
アルジャジーラは中国支局の規模拡大のために別の記者たちへのビザ発行も申請したが、これも拒否されたという。
中国では最近、薄煕来(ボー・シーライ)前重慶市党委員会書記の不祥事による失脚や、自宅軟禁されていた盲目の人権活動家・弁護士、陳光誠(チェン・コアンチョン)の脱出劇など大きな事件が相次いだ。これについて報道が世界中で過熱していることを、中国政府や国営メディアは批判していた。
中国政府が人権侵害を行っていると受け取られるような微妙な問題について中国在住の外国人ジャーナリストが報道して、国外追放になると脅されたり、ビザ発行を大幅に遅らされたりすることはしょっちゅうだったが、14年ぶりの国外追放は、党の世代交代へ向けて本気で邪魔者を排除するコワモテ戦術の始まりかもしれない。【5月9日 Newsweek アリソン・ジャクソン】
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【左右のイデオロギー対立が党内分裂につながることを警戒】
中国指導部の苛立ちは海外メディアだけでなく、国内のネット世論にも向けられています。
一連の事件による動揺が、ネット世論で増幅され党内の分裂に及ばないように、ネット管理を強めていることが報じられています。
****中国、左右サイトを次々閉鎖…党内分裂を警戒****
毛沢東時代を回顧する「紅歌(革命歌)」を奨励するなどの左派的手法を取り入れた薄煕来前重慶市党委書記の失脚で、中国の胡錦濤政権は、左右のイデオロギー対立が党内分裂につながることを警戒し、関連サイトの閉鎖に乗り出している。
盲目の人権活動家、陳光誠氏を支持する勢力は、ネットでの言論活動を活発化させており、言論統制は一層強化されている。
◆薄氏事件余波◆
ネットでは薄氏を批判する温家宝首相の辞任説も流布。党高級幹部子女グループ「太子党」の薄氏支持派が、胡・温コンビに反撃を仕掛けているとの見方が強く、胡氏は7日以降、各地の党幹部を北京に集め、安定団結に向けた話し合いを続けている模様だ。
中国では、改革・開放政策を批判し、計画経済を支持する保守思想は左派、市場主義による改革を主張し、西側の民主主義に近い立場は右派と大別される。
胡氏は3月、薄氏の市党委書記解任後、「党の団結」をアピールする宣伝工作を強化。薄氏を礼賛していた「烏有之郷」や「毛沢東旗幟ネット」など左派の代表的サイトを封鎖する一方、右派の「中国選挙・統治ネット」や「共識ネット」、自由主義的な論調で知られる「天則経済研究所」のサイトも閉鎖、または一時閉鎖した。
多数のフォロワー(読者)を持つ右派著名人の微博(中国版ツイッター)も相次ぎ封鎖され、中国メディア記者は「左派劣勢で右派が活気づき、逆に左右の亀裂を深めることを警戒したため」と分析する。陳氏の写真を掲載しただけで閉じられた人気微博もある。
当局が神経質になるのも、胡政権が貧富格差の拡大や腐敗を放置しているとの批判は根強く、「等しく貧しかった」毛沢東時代への回顧を求める左派が、既得権益からはじかれた低所得者層などから支持を受けているためだ。「薄氏1人の失脚で左派の思想が退潮するとは言えない」(党関係者)のも事実だ。【5月9日 読売】
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【武力行使を排除しないとのメッセージ】
中国の苛立ちの対象は、もうひとつ、スカボロー礁(中国名・黄岩島)周辺の主権をめぐり南シナ海の海上で約1カ月にわたり艦船がにらみ合いを続けるフィリピンにも向けられています。
中国からすれば、 “小国”フィリピンごときがアメリカの威を借りて・・・という感もあるのでしょう。
これまでは、主に中国国内ネット世論において、そうした対フィリピン強硬論が目立っていましたが、中国政府発言のトーンも上がってきているようです。
****中国、武力行使も排除せず=南シナ海、対比強硬論高まる****
南シナ海の領有権を争う中国とフィリピンの艦船が、同海スカボロー礁(中国名・黄岩島)付近でにらみ合いを続け、一触即発の状況となっている。中国の傅瑩外務次官は9日までに、沿岸警備隊艦艇を派遣し続けるフィリピン側に「事態拡大に対処する各種準備を行った」と警告。
9日付の国際問題紙・環球時報は「(傅氏の発言は)武力行使を排除しないとのメッセージと言えるものだ」としており、強硬論が強まっている。【5月9日 時事】
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上記の傅瑩外務次官の発言について、中国系香港紙・文匯報は9日の論評で、フィリピンに対する「最後通告」だとも指摘しています。
また、フィリピン側の挑発的な行動が中国当局と民間の「強い不満」を招いていると強調、「小規模な武力衝突の可能性も排除できない」とする中国の国際問題専門家の見解を伝えています。【5月9日 時事】
国内に問題・動揺があるとき、対外的問題で強硬姿勢をとり、国内の注目をそちらに向ける・・・というのは古今東西の国家指導層の常套手段でもあります。
薄煕来氏や陳光誠氏の事件でゴタゴタしているときに、目障りなフィリピンを標的に限定的な武力行使を行う・・・というのもあり得ない話でないかもしれません。
当然、アメリカが出てこない程度・時間内での“限定的”なものになりますが。
ただ、軍事的に直接アメリカを巻き込むことがないにしても、アメリカとの対立は決定的にもなりますので、中国がそうした選択を行うことは、あまり“ありそうにないこと”のようには思えますが。
アメリカは、南シナ海で有事の際には米軍が関与するとの見方を示しています。
****比、権益維持へ米に接近 ****
4月22日、南シナ海に面するフィリピン・パラワン島で行われた米比合同軍事演習の記者会見。「南シナ海は米比相互防衛条約の範囲内なのか」との質問に対し、フィリピン国軍のサバン西部方面軍司令官は「条約に基づき両国は、どちらかが侵略されれば対応する」と述べ、南シナ海で有事の際には米軍が関与するとの見方を示した。横に並んだ米海兵隊のティーセン中将も「司令官の見解は正しい」とうなずいた。
30日にはワシントンで両国の外務、国防担当閣僚による初の「2+2」会談があった。パネッタ米国防長官は、南シナ海を監視する米国の偵察衛星の情報を24時間態勢でフィリピン側に提供すると約束した。
極東最大の米軍基地だったクラーク、スービック両基地を1991年に返還させたフィリピンは、昨年3月に南シナ海のリード礁で自国の資源探査船が中国軍艦に妨害された事件を機に、軍事面で米国に再び急接近している。
戦闘機も、ミサイル搭載の艦艇も持たないフィリピン軍は、中国軍に対しては丸腰同然だ。米軍機や艦船への補給場所の提供を広げることで、南シナ海の自国の権益を守ってもらうことを目指している。
一方、中国は、米比合同軍事演習と同じ頃、黄海でロシアとの合同軍事演習を実施。「フィリピンの一方的な動きは度を超しつつある」(外交筋)と、対米接近に対して警戒感を強めている。【5月9日 朝日】
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なお、5月4日、フィリピン・バナナ栽培輸出企業協会は、スカボロー礁(黄岩島)問題以後、中国がフィリピン産バナナの検疫が厳格化していると発表しています。
フィリピン産バナナの輸出では中国市場が過半数を占めており、フィリピン大統領府はスカボロー礁という主権問題が貿易などの問題に影響しないよう求めるコメントを発表しています。【5月6日 Record Chinaより】